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「家族だからこそ難しい」の壁を壊す|障害当事者と家族が語る、支え合いのコミュニケーション術

この記事の内容
はじめに|「家族だからこそ難しい」心の壁

突然の脳卒中の後遺症などで役割が一変し、「介護されることへの罪悪感」や「介護する側の疲弊」といった、家族だからこそ抱える心の壁に触れる。
この記事の結論は、家族の関わり方を変えることが、当事者の心の安定と、家庭全体の幸福度を高める鍵となることです。
今回は、後天性の下肢障害を持つAさん(40代男性)とその配偶者の声を通じて、家族の壁を壊し、「助け合いのチーム」になるための具体的なコミュニケーション術を探ります。
- インタビュー対象者(仮名): Aさん(40代男性、後天性の下肢障害—脳卒中の後遺症による歩行困難)、配偶者。
当事者の課題:役割の喪失と「頼る難しさ」
診断後の「役割の喪失」と心の葛藤
脳卒中という突然の診断は、患者さんにとって身体的な変化だけでなく、精神的な大きな衝撃をもたらします。特に、今まで担ってきた社会的役割や家庭内での役割が果たせなくなることは、深い心の葛藤を生み出す要因となります。
インタビュアー: 脳卒中後、以前担っていた役割ができなくなったとき、どのような葛藤がありましたか? 具体的な感情や、それによって生じた心の変化について教えてください。
Aさんの声: 「以前は『一家の大黒柱』として、力仕事をこなし、家族を経済的に支えるという重要な役割を担っていました。しかし、病気によってそれができなくなった際の、自己肯定感の低下や罪悪感は計り知れませんでした。『もう自分は家族の役に立てないのではないか』『家族に負担をかけてしまうのではないか』という思いが、一番辛かったです。朝起きるたびに、以前のように働くことができない現実に直面し、無力感に苛まれる日々が続きました。友人や同僚と話す際にも、以前のような自信を持てなくなり、引きこもりがちになった時期もありました。自分の存在意義そのものが揺らぐような感覚に陥り、精神的に非常に不安定な状態でした。」
介護されることへの心理的抵抗
役割の喪失だけでなく、身近な人に介護されることに対しても、多くの患者さんが複雑な心理を抱えています。特に、今まで自分でできていたことを他者に頼むことへの抵抗感は大きく、自立していた過去とのギャップに苦しむことがあります。
インタビュアー: 奥様に「手伝ってほしい」と言い出せない遠慮はありましたか? 具体的にどのような場面で、どのような感情が湧きましたか?
Aさんの声: 「妻(配偶者)に『手伝ってほしい』と言い出せない遠慮と、常に『負担をかけている』という罪悪感がありました。今まで自立して生活してきた中で、誰かに助けを求めること自体に抵抗があった上に、それが最も身近な存在である妻となると、その抵抗はさらに大きくなりました。特に、入浴時の見守りや着替えの手伝いなど、今まで自分で当たり前にできていたことを頼むときの心理的抵抗は非常に大きかったです。『これくらいは自分でできるはずだ』というプライドと、『妻にこれ以上苦労をかけたくない』という思いが複雑に絡み合い、なかなか言葉にすることができませんでした。妻が忙しそうにしているのを見ると、さらに遠慮してしまい、無理をして自分でやろうとして、かえって時間がかかったり、危険な思いをしたりすることもありました。本当は助けてほしいのに、その一言が言えない自分が情けなく、自己嫌悪に陥ることも少なくありませんでした。」
家族との付き合い方を変える「コミュニケーション戦略」

術1:役割分担の「見える化」と「再定義」による家族の調和
家族が抱える「罪悪感」や「不満」といった感情は、往々にして役割の不明瞭さから生じます。これらの感情を解消し、より円滑な家族関係を築くためには、まず役割の「見える化」と「再定義」が不可欠です。
- 内容: 「誰が何を、いつ、どのように行うか」を曖昧にせず、具体的な行動レベルで家事、育児、介護などの役割を明確に可視化します。紙やホワイトボード、共有カレンダーアプリなどを活用し、家族全員がいつでも確認できる状態にすることが重要です。さらに、現状の負担や能力を考慮し、無理のない範囲で役割を再定義します。これにより、特定の家族に負担が偏ることを防ぎ、全員が納得感を持って役割を担えるようになります。
- 良い取り組みの例: 例えば、Aさんが得意とする「家計管理」や「子どもの教育計画の立案」といった『頭を使う役割』を担い、配偶者には体力が必要な「掃除」や「重いものの買い物」といった役割を任せるというケースがあります。これは、互いの強みや残された能力を最大限に活かし、弱みを補完し合うことで、家族全体の負担を軽減し、効率を高める再定義の好例と言えるでしょう。このような柔軟な役割分担は、個人の能力を尊重し、家族全体の満足度を高めます。
- 目的: この取り組みの最終的な目的は、当事者が感じる「罪悪感」(「もっとできるはずなのに」といった自己への不満)と、家族が感じる「不満」(「なぜ自分ばかりが」といった他者への不満)を解消し、家族全体として協力し合える環境を構築することにあります。役割が明確になることで、期待値のズレが減り、お互いへの理解と感謝が深まります。
術2:「病状」ではなく「具体的なニーズ」を伝える対話術で家族の不安を解消
体調に波がある場合、その状態を家族に伝えることは非常に重要ですが、感情的に訴えるだけでは誤解を生んだり、家族を戸惑わせてしまうことがあります。家族が迅速かつ適切に行動できるような「具体的なニーズ」を伝える対話術が鍵となります。
- 内容: 単に「腰が痛い」と伝えるのではなく、「今、〇〇の作業(例:洗濯物を干すこと)だけ手伝ってくれると、その後の〇〇の作業(例:夕食の準備)は自分でできる」といった具体的な形で「必要なサポート」と「その後の自立」をセットで伝えることが肝要です。これにより、家族は「どこまでサポートすれば良いのか」「その後どうすれば良いのか」を明確に理解できます。
- 効果: この対話術を用いることで、家族は「何をすればいいか」が分かり、漠然とした不安が解消されます。また、サポートの範囲と期間が限定されるため、過度な負担を感じにくくなります。一方、当事者は「必要な時に必要なサポートが得られる」という安心感とともに、「自分のペースで休める」「完全に依存しているわけではない」という自立感を保つことができます。これにより、精神的な負担も軽減され、回復への意欲にも繋がります。この具体的なコミュニケーションは、家族間の信頼関係を深め、互いを思いやる行動を促します。
家族・周囲の理解を深めるためのヒント

支える側が持つべき「適切な距離感」
過度な心配は、時に当事者の「重荷」となります。支える側が持つべきは、「手助け」ではなく「信頼」という名の適切な距離感です。
- 配偶者の声: 「良かれと思って先回りして手伝うと、『自分はもう何もできないのか』と相手の自尊心を傷つけてしまうことがありました。過度な心配や詮索は避け、『見守る』という姿勢を保つことが大切です。本人の『自分でやる』という意思を尊重することが、回復への最大のサポートだと気づきました。」
- 「見守る」姿勢の具体例: 「手伝おうか?」と声をかけても、『大丈夫』と言われたら、それ以上踏み込まない勇気を持つことです。本人の自立を信じ、失敗を恐れず挑戦できる環境を提供することが、家族の役割です。
専門機関を「家族全体」で活用する
病気や障害は、当事者だけでなく、家族全員の心に影響を与えます。家族もまた、専門的なサポートを必要としています。
- 家族会やピアサポート(当事者同士の支え合い): 家族会やピアサポート(同じ経験を持つ家族同士の支え合い)への参加を促すことは、支える側の孤立を防ぐために非常に重要です。
- 家族カウンセリングの活用: 家族全体がカウンセリングを受けることで、病気への理解を深め、お互いが傷つけ合わない「適切な距離感」を専門家から学ぶことができます。「感情論」になりがちな家庭内の問題を、「チームの問題」として解決する視点を持つことが可能になります。
まとめ|家族が「チーム」になること
家族という特別な関係性の中で生じる「心の壁」は、時に深く、乗り越えるのが難しいと感じられるかもしれません。しかし、この壁を乗り越え、より強固な絆を築くためには、コミュニケーションと役割の明確化が不可欠であることを改めて強調します。
障害という経験は、家族にとって大きな試練であると同時に、新たな関係性を築くための貴重な機会でもあります。これまで当たり前だと思っていた家族のあり方を見つめ直し、それぞれが「助け合いのチーム」の一員として機能する、新しい家族関係を築くことができるのです。
読者へのメッセージ: 障害を機に、家族が「助け合いのチーム」として機能することは、決して夢物語ではありません。むしろ、この経験を通して、互いを深く理解し、支え合う新しい家族の形を創造することができます。それぞれの役割を認識し、オープンなコミュニケーションを心がけることで、家族はより強く、しなやかなチームへと変貌を遂げ、これまで以上に豊かな関係性を築くことができるという希望を力強くお伝えします。
投稿者プロフィール
- 自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。







