2025/10/20
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「配慮」は一方通行ではなく、対話から生まれる-障害者雇用の現場が語る“働きやすさ”のつくり方

はじめに|「配慮」は“制度”ではなく、“関係性”から始まる

「合理的配慮」という言葉は、今や障害者雇用の現場で当たり前に使われるようになった。
だが、実際の職場では「どこまでが配慮なのか」「どう伝えればいいのか」という戸惑いの声が少なくない。

障害のある社員が安心して働き続けるために必要なのは、マニュアル化された対応ではなく、日々の“対話”で築かれる関係性だ。

今回は、精神障害を抱えながら企業で働く社員のKさん(30代)と、彼の上司であり人事担当も兼ねるMさん(40代)に話を伺った。
さらに、企業の障害者雇用を支援してきたジョブコーチのTさんのコメントも交えながら、「働きやすさ」を実現するヒントを探る。


インタビュー①|「配慮してほしい」と言うことの怖さ―当事者・Kさんの声

――入社当初、どんな不安がありましたか?

Kさん:
正直に言うと、“自分の状態をどこまで話すか”が一番不安でした。
私は双極性障害(躁うつ病)を持っていて、体調に波があります。
採用面接ではオープンに話しましたが、配属後に上司や同僚にどう伝えるかが難しかったです。
「迷惑をかけたくない」「理解されないかもしれない」と思って、最初のうちは我慢してしまいました。

――そこからどう変わっていったのですか?

Kさん:
ある日、業務中に体調が急に落ちて、集中が切れてしまったんです。
そのとき、Mさんが「無理してる?」と声をかけてくれた。
自分でも驚くほどホッとして、「実は…」と話すきっかけになりました。
あの一言で、“言っていいんだ”と思えましたね。

――その後、どんな配慮が生まれたのでしょう?

Kさん:
毎朝の打ち合わせが苦手だったので、私だけSlackで進捗を報告する形に変えてもらいました。
体調が悪いときは在宅勤務も可能になりました。
最初は“甘えてるのかな”と思ったけれど、パフォーマンスが安定して結果的にチームにも貢献できるようになりました。


インタビュー②|「聞く勇気」から始める配慮―企業側・Mさんの視点

――Mさんは、配慮を求められたときに戸惑いはありましたか?

Mさん:
もちろんありました。「どこまで聞いていいのか」「他の社員と差をつけていいのか」…最初は手探りでした。
ただ、“制度的に正しいこと”よりも、“本人にとって現実的に助かること”を一緒に探すように意識しました。

Kさんの話を聞いたときも、まず「何が困ってる?」とシンプルに質問しました。
その結果、「朝の会議がきつい」「午後に集中力が切れやすい」という具体的な課題が見えてきたんです。

――配慮を形にするうえで、工夫していることはありますか?

Mさん:
“本人との1on1ミーティング”を週1回、10分でも必ず行うようにしています。
体調や気分を数値でなく「天気のマーク」で表してもらうなど、話しやすい方法に変えました。
また、上司だけが抱え込まないよう、人事・現場・本人の3者で連携しています。

――職場全体で共有する際に気をつけていることは?

Mさん:
「本人がどこまで共有してほしいか」を確認しています。
配慮は“透明すぎても”だめなんです。
たとえば「Kさんは朝弱いらしい」と軽く話してしまうだけで、誤解が生まれることもある。
だから、本人と一緒に“説明文”を作ってから共有します。


職場定着を支える「ヒアリングと連携」の仕組み

合理的配慮の基本は、“一度決めたら終わり”ではない。
体調や業務の変化に合わせて、「続けて見直す」仕組みが求められる。

Mさんの会社では、次のような取り組みを行っている。

  • 月1回の振り返りシート(本人が困りごとを自由に記入)
  • チーム共有ミーティング(上司が本人の希望範囲内で情報共有)
  • ジョブコーチとの連携(必要時に第三者が調整サポート)

Kさんもこの取り組みについて、「“話せる場がある”というだけで安心できる」と語る。

Kさん:「体調が悪くても、次の面談で相談できると思うと無理をしすぎなくなる。
“話せる未来”が見えると、続けられる気がします。」


専門家の視点|ジョブコーチ・Tさんが語る「配慮の本質」

Tさん:
「合理的配慮」と聞くと、“何かを特別に用意する”と誤解されがちですが、
実際には“業務と体調をすり合わせる調整プロセス”なんです。

ポイントは3つあります。

  1. 一律でなく個別に考える
     同じ診断名でも、人によって必要な配慮は全く違います。
  2. 本人と企業の“すり合わせ”を繰り返す
     最初に決めた支援内容も、3ヶ月後には合わなくなることが多いです。
  3. 「助けて」と言える文化をつくる
     最も重要なのは、制度よりも“心理的安全性”。
     相談できる環境がないと、どんな仕組みも機能しません。

Tさんは「配慮は、企業と当事者の“共同作業”」だと強調する。
「お互いが“歩み寄る姿勢”を持てるかどうかで、職場定着率は大きく変わります」。


事例紹介|“続く配慮”を生んだ職場の工夫

Mさんの会社では、次のような具体例がある。

  • 通勤負担の軽減:通勤ラッシュ時間を避けた時差出勤を導入。
  • 業務調整:波のある集中力に合わせて、午前は資料作成、午後はオンライン会議中心に配置。
  • チームの理解促進:障害に関する勉強会を実施し、「助け合いの合言葉」をチーム内で決めた。

結果、障害者雇用枠の定着率は3年間で95%を超えた。
数字以上に、“誰かの働きやすさ”が“チーム全体の働きやすさ”につながる実感が広がっているという。


まとめ|「働きやすさ」は、対話の積み重ねから生まれる

Kさんは最後に、こんな言葉を残した。

「自分の弱さを伝えるのは、最初は怖かったです。
でも、話すことで“自分の居場所”ができました。
配慮って、してもらうことじゃなくて、一緒につくるものなんですね。」

障害者雇用における合理的配慮は、制度ではなく関係性のデザインだ。
企業は「聞く勇気」を、当事者は「伝える勇気」を。その対話の積み重ねこそが、
“働き続けられる職場”を育てていく――。

投稿者プロフィール

八木 洋美
自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。
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