- お役立ち情報
- 健康と生活の両立
- 働き方・職場での工夫
【企業の盲点】製造・事務職で聴覚障害者の採用が進まない理由と「情報保障」の具体策

この記事の内容
1. はじめに|雇用が進まない「見えない壁」の正体

聴覚障害者の雇用は、身体障害や精神障害と比べて、いまだに積極的ではない企業が多いのが現状です。その背景には、「聞こえない」ことによる「安全上の危険性」(製造現場など)や、「コミュニケーションの遅延」(会議、電話応対など)といった企業側の根深い懸念があります。
しかし、この壁の正体は、聴覚障害は「聞こえない」ことではなく、「情報が届かないこと」が本質的な課題であるという点です。この記事の結論は、この「情報バリア」を解消するための「情報保障の仕組み化」こそが、採用を成功させる鍵であるということです。
本稿では、企業が抱える懸念を解消する具体的な戦略と、最新テクノロジーの活用法を解説します。
2. なぜ採用が進まないのか?業界別の「安全性」と「効率性」の懸念
聴覚障害者の採用が進まない背景には、「危険性の回避」と「業務効率の維持」という、企業側の切実な理由が構造的に存在します。これらの懸念を正しく理解し、解消策を講じることが採用成功の鍵となります。
製造業・倉庫業の安全性への懸念
製造業や倉庫業といった現場作業が多い業界では、「命の安全」に関わるリスクへの懸念が最も大きな障壁となります。
- 内容: 機械の動作音やフォークリフトの接近音、緊急時の火災報知器や避難を促す警報に気づかない「安全上のリスク」を企業側が過度に恐れています。特に、労働安全衛生法の観点から、企業は安全配慮義務を重く受け止めるため、「聴覚情報に頼れない」という点が採用への強いブレーキとなります。
- 企業の心理: 「万が一の事故が起きた場合の責任問題」を懸念し、安全な業務を提供できないと判断し、採用を見送る傾向があります。
事務・サービス業の効率性への懸念
事務職やサービス業では、「情報伝達のスピードと正確性」という、業務の根幹に関わる部分への懸念が採用を阻みます。
- 内容: 電話応対ができない、会議での意思疎通や指示の確認に時間がかかる、テレワークでの急な対応遅延など、「コミュニケーションの非効率性」を企業は懸念しています。これは、「筆談や手話通訳の手間」が生産性を下げるという、コスト意識に基づいています。
- 具体的な課題:リアルタイムでの情報共有が必須となる会議や、顧客対応の場で、情報保障(文字起こしや手話)の仕組みがない場合、聴覚障害者が情報の遅延や聞き漏らしを生むリスクが高まります。この懸念が、採用担当者に「チームの業務フローが滞るのではないか」という判断をさせます。
3. 企業の本音:エージェントが企業を紹介できない理由
聴覚障害者を採用する際、企業側が抱える懸念は、その多くが「コミュニケーションコスト」と「教育コスト」に集約されます。これが、エージェントが企業紹介に難しさを感じる最大の理由です。
「手話・筆談が必要」がもたらす採用のブレーキ
企業は、「情報保障」にかかる手間や時間をコストとして捉えがちです。
- 内容: 多くの企業が、聴覚障害者を紹介された際に、「現場の社員が手話・筆談に対応できるか」という教育コストと業務の非効率化を懸念します。手話通訳者の配置や、全社員への手話研修は、特に中小企業にとって大きな予算と時間が必要です。
- 企業の懸念: 「入社後に、コミュニケーションのために他の社員の業務が滞るのではないか」「緊急時の意思疎通ができない」という不安が、採用への強いブレーキとなります。結果として、「筆談やチャットで完結できる」と確証が持てる事務補助的な業務に限定されがちです。
優秀な人材を逃す「無意識の偏見」
聴覚障害者の採用が進まない根底には、無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)が深く関わっています。
- 内容: 企業は、本来評価すべきPCスキル、専門能力、経験といった「能力」よりも、「コミュニケーションの不便さ」というマイナス面に意識を集中してしまう傾向があります。
- バイアスの影響: 聴覚機能と無関係なExcelのスキルが高く、定型業務で高い生産性が見込める人材であっても、「電話対応ができない」「会議に参加させられない」という一点で採用を見送ってしまうのです。これは、聴覚という一つの機能の欠損が、その人の総合的な能力を低く見せるという、大きな機会損失を招いています。
4. 聴覚障害者が「戦力」になるための合理的配慮戦略

聴覚障害を持つ社員を「戦力」として最大限に活かすためには、「情報が届かない」という根本的なバリアを解消する仕組みが必要です。この戦略は、聴覚障害の有無にかかわらず、チーム全体の生産性を高めます。
戦略1:情報の「視覚化」をチームのルールに
指示や報連相を「すべて文字情報に残す」ことは、聴覚障害者への配慮であると同時に、情報伝達の正確性を高めるための最も優れた業務改善です。
- 内容: 口頭指示は必ず「すべて文字情報(チャット/メール、タスク管理ツール)に残す」ことをチームの統一ルールに徹底しましょう。
- 効果:
- ミスの根絶: 口頭での「聞き間違い」や「指示忘れ」といったヒューマンエラーが減少します。
- 記録の確保: 業務の履歴がチャットなどに残るため、後からいつでも確認でき、業務の属人化を防げます。
- 心理的安全性: 聴覚障害を持つ社員は、情報を取りこぼす不安から解放され、業務に集中できるようになります。
戦略2:最新テクノロジーの活用
最新のテクノロジーを活用することで、会議や研修といった集団コミュニケーションの場で、情報保障をリアルタイムで実現できます。
- 内容: 音声認識アプリ(UDトーク、Google Meetの字幕機能など)、AI字幕生成ツールを活用し、会議や研修をリアルタイムで文字起こしする仕組みを導入します。
- メリット:
- 会議への参加: リアルタイムの文字起こしにより、聴覚障害を持つ社員も会議の内容を即座に理解し、発言に参加できるようになります。
- 教育の平等: 研修動画やe-ラーニングに高精度の字幕を付けることで、全社員に等しい学習機会を提供できます。
- 補足: スマートフォンやタブレットを会話の補助ツールとして積極的に活用することも有効です。
5. 業界別:安全上の懸念を解消する具体的配慮
聴覚障害者の雇用が進まない最大の理由である「安全性」と「効率性」の懸念は、テクノロジーと業務設計によって十分に解消できます。
製造業・倉庫業の安全対策
製造業や倉庫業で最も懸念される「緊急時の安全リスク」は、聴覚情報に依存しない視覚的・触覚的な情報保障で解決します。
- 視覚的な警報システム: 機械の動作完了、リフトの接近、あるいは緊急時の警報を知らせるために、パトライト(回転灯)の強化や、通常よりも強い光を発する光るベル(フラッシュベル)を導入します。これにより、聴覚情報に頼らず、異常や危険を瞬時に視覚で把握できます。
- 振動によるアラート機器の導入: 体に装着する振動式のポケットベルやスマートウォッチを活用します。これにより、火災報知器や地震警報といった緊急時のサインを、音ではなく振動で本人に確実に伝達できます。これらの技術的な配慮は、企業の安全配慮義務を果たすための重要な投資となります。
事務職のコミュニケーション戦略
事務・サービス業の懸念である「コミュニケーションの非効率性」は、業務設計とツールの活用で「非効率」を「高効率」に変えられます。
- 電話応対の免除とジョブ・カービング: 電話応対を完全に免除し、その分の業務を、データ入力や文書作成といった「緻密さ」が求められる業務で補う「ジョブ・カービング」(業務の切り出しと再設計)戦略を採用します。
- メリット: 聴覚障害を持つ方の高い集中力と正確性が活かされるため、電話応対のストレスがない分、他の定型業務で健常者以上のパフォーマンスを発揮できます。
- コミュニケーションの仕組み化: 会議への参加や情報共有の遅延を防ぐため、音声認識アプリ(UDトークなど)によるリアルタイム字幕表示を導入します。また、重要な指示や報連相は、すべてチャットやメールで文字に残すことをチームの必須ルールとします。これは、チーム全体の情報伝達の正確性を高めるという、副次的なメリットも生みます。
6. 当事者の声:職場で求める「本当の理解」(インタビュー)
聴覚障害を持つ社員が長期的に定着し、能力を最大限に発揮するためには、企業側の「情報保障」と同時に、「心構え」が不可欠です。今回は、聴覚障害を持つAさん(仮名)に、職場で本当に求めている理解について伺いました。
Aさんの声:「コミュニケーションの努力は一方通行ではない」
インタビュアー: 職場の同僚に、コミュニケーションでどのような努力をしてほしいですか?
Aさんの声: 「私たち聴覚障害者も、筆談や手話を使う努力は毎日しています。ですが、コミュニケーションの努力が一方通行になってしまうと、やはり心が折れます。企業側にも、『話す側』としての最低限の努力をしてほしいんです。具体的には、『ゆっくり、はっきり話す』ことや、マスクを外して『口の動きをはっきり開ける』といった配慮です。これだけで、読唇(口の動きを読むこと)の負担が劇的に減ります。特別なスキルは不要で、少しの意識だけでコミュニケーションの壁は大きく低くなるんです。」
職場での「居場所」と「戦力」としての評価
インタビュアー: 企業や上司に、自身のキャリアについて伝えたいことは何ですか?
Aさんの声: 「聴覚障害を言い訳にせず、PCスキルや専門能力で貢献し、正当な評価を得たいという強い意欲があります。私たちが求めているのは、『かわいそうだから』という同情ではなく、『情報保障があれば、他の社員と同じ、あるいはそれ以上の成果を出せる戦力である』と見てもらうことです。そのための環境(情報保障)への投資は、必ず企業の生産性向上という形で返ってきます。」
7. まとめ|「情報保障」への投資が、優秀な人材を惹きつける

聴覚障害者の雇用が進まないのは、障害そのものの問題ではなく、「情報保障の仕組み」がないことによる企業側の不安が原因です。この課題は、テクノロジーとルールの整備によって、確実に解決できます。
記事の要約:不安の解消は「仕組み」の整備から
聴覚障害者の雇用が進まないのは、「情報保障の仕組み」がないためであり、テクノロジーとルールの整備で解決できることを再確認しました。製造現場の「安全上の懸念」も、事務職の「効率性の懸念」も、視覚的・文字的な情報保障によって解消できます。
読者へのメッセージ:コミュニケーションの壁を「競争力」に変える
企業の人事・経営層の皆様へ
- 意識の転換:「コスト」から「投資」へ: 手話通訳やリアルタイムの文字起こしといった情報保障を「コスト」と見るのではなく、「優秀な人材の能力を最大限に引き出すための戦略的投資」と捉えてください。
- 情報保障はチーム全体の生産性向上: 指示を「すべて文字に残す」というルールは、聴覚障害の有無に関わらず、チーム全体の情報伝達の正確性を高め、ミスの減少につながります。
優秀な人材の獲得競争力: 「情報保障」に積極的な姿勢を示すことは、優秀な聴覚障害を持つ人材を惹きつける強力な企業の魅力となります。コミュニケーションの壁を壊すための投資こそが、企業の競争力を高める鍵です。
投稿者プロフィール
- 自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。







