- お役立ち情報
- 仕事探し・キャリア準備
- 働き方・職場での工夫
なぜ定着しない?──障害者雇用で起こる“業務ミスマッチ”の本質と人事が取るべき対応

この記事の内容
- はじめに|定着率を下げる“見えないミスマッチ”
- よくある「ミスマッチ」の3つのパターン
- ミスマッチが起こる背景:人事と現場の“設計ギャップ”
- 人事ができる“業務設計”の再点検ポイント
- ①ジョブマッチングの再確認:業務の分解と再構成
- ②支援ツール/マニュアルの活用:定型化・可視化の徹底による業務効率化と品質向上
- 業務の効率化と品質向上を実現するためには、支援ツールとマニュアルの活用が不可欠です。特に、定型化と可視化を徹底することで、「誰でも、いつでも、同じ品質で」業務を遂行できる環境を構築します。
- ③ステップアップ設計:同じ業務でも「少しずつ責任を増やす」
- 社員の成長を促し、モチベーションを維持するためには、日々の業務に段階的な責任と難易度の向上を組み込む「ステップアップ設計」が不可欠です。この設計により、社員は自身の成長を明確に認識し、停滞感や飽きによるモチベーション低下を防ぐことができます。
- ④本人の強みを活かす対話:苦手より「できた」を増やす面談
- ミスマッチを防ぐ“採用前の設計”とは
- まとめ:業務設計の見直しこそが「定着支援」
はじめに|定着率を下げる“見えないミスマッチ”
障害者雇用の現場で、「採用までは順調だったのに、定着しない」という現象に頭を悩ませる企業は少なくありません。この問題の根源は、求職者の能力不足ではなく、「業務内容・業務量・難易度のすれ違い」、つまりミスマッチにあります。
業務内容や業務量が、社員の特性に合わないとき、その苦しみは制度やマニュアルよりも深刻です。
本稿では、人材紹介担当者、企業、求職者の三者の立場から見えるミスマッチの構造を整理し、“誰も悪くない離脱”を減らすための改善策を探ります。
よくある「ミスマッチ」の3つのパターン

社員の能力や意欲を削ぎ、離職に直結するミスマッチは、主に以下の3つのパターンに分類されます。
①業務内容のミスマッチ:想定より単純/複雑すぎる
- 内容: 業務が想定より単純すぎて、やりがいや貢献感を得られず、モチベーションが続かないケースです。あるいは逆に、スキルレベルを超えた複雑な判断やマルチタスクを求められ、特性との合わなさからミスが頻発するケースもあります。
- 「誰もできる仕事」の罠: 「誰でもできる仕事」のつもりが、実は「誰も続けられない仕事」になっているケースがこれに該当します。
②業務量のミスマッチ:ペース配分が合わない、作業波が大きい
- 内容: 精神障害や難病を持つ社員の場合、体調や集中力に「波」があります。この波を考慮せず、一定量の業務を割り当てたり、月末月初に作業負荷が集中したりすることで、社員のエネルギーが尽きてしまいます。
- 真実: 「連絡が途絶える=拒絶」ではありません。むしろ「エネルギーが尽きた」というSOSの表現なのです。
③難易度のミスマッチ:スキルや理解スピードとの乖離
- 内容: 採用時に説明されたスキル(例:Excelの基礎)と、現場で求められる実務レベル(例:VLOOKUPを使ったデータ集計)に大きなギャップがあるケースです。スキル習得のスピードや理解度との乖離が、本人の自信を失わせます。
ミスマッチが起こる背景:人事と現場の“設計ギャップ”
ミスマッチは、社員が悪いのではなく、採用する側の「設計ギャップ」から生まれています。
採用段階での情報共有不足(トライアル・実地理解の欠如)
- 内容: 採用担当者が応募者に、実際の作業環境や職場の騒音レベルを見せていないケースです。面接時の説明だけでは、入社後のギャップは避けられません。トライアル雇用や職場実習(インターンシップ)といった「実地理解」の仕組みがないと、ミスマッチは高確率で発生します。
現場が「とりあえず任せる」スタイルになっている
- 内容: 現場が「人手不足だから」という理由で、障害特性を考慮せずに業務を割り振る傾向。
- 結果: 業務が属人化しており、教育体制やマニュアルが不十分なまま、「とりあえず任せる」スタイルになっているケースが多いです。
評価制度や教育体制が一般社員前提で設計されている
- 内容: 業務設計や教育体制が、健常者の「長時間労働」や「マルチタスク遂行能力」を前提に設計されています。障害特性よりも「人手不足」優先の配置になっているケースも多く、結果として社員が疲弊します。
人事ができる“業務設計”の再点検ポイント

定着支援は「面談や励まし」ではなく、「仕事の作り直し(業務設計)」です。人事は“調整役”から“設計者”への意識転換が求められます。
①ジョブマッチングの再確認:業務の分解と再構成
- ジョブカービング(業務の切り出し): 障害を持つ社員が最も能力を発揮できるよう、業務を分解し、「その人の能力に合った新しい役割」として再構成(ジョブカービング)を行います。
- 目的: 単なる単純作業ではなく、「この仕事はあなたにしかできない」という貢献感を持たせる設計にすること。
②支援ツール/マニュアルの活用:定型化・可視化の徹底による業務効率化と品質向上
業務の効率化と品質向上を実現するためには、支援ツールとマニュアルの活用が不可欠です。特に、定型化と可視化を徹底することで、「誰でも、いつでも、同じ品質で」業務を遂行できる環境を構築します。
- AIやExcelマクロを活用したツール化による業務自動化の推進
- 複雑な業務の自動化: 定型的ながらも複雑な業務プロセスは、AI(人工知能)やExcelのマクロ機能を積極的に活用して自動化を図ります。これにより、従業員はより戦略的かつ創造的な業務に注力できるようになります。
- データ入力・処理の効率化: 繰り返しの多いデータ入力や集計、分析といった作業を自動化することで、人的ミスを削減し、処理速度を大幅に向上させます。
- ワークフローの最適化: 各業務の依存関係や優先順位を考慮し、AIが最適なワークフローを提案・実行することで、全体のリードタイムを短縮し、ボトルネックを解消します。
- マニュアルの強化:多角的視点を取り入れた「誰でも・いつでも・同じ品質でできる」マニュアルの定型化・可視化
- 視覚的情報の多用: テキストのみでは伝わりにくいニュアンスや手順は、写真、図、フローチャート、スクリーンショットなどを積極的に用い、視覚的に理解しやすいマニュアルを作成します。
- 抽象的な指示の排除と具体化: 「適切に」「迅速に」といった抽象的な表現は避け、具体的な行動や判断基準を明記します。例えば、「10分以内に〇〇の確認を行い、異常があれば直ちに〇〇に報告する」など、具体的な数値や条件を提示します。
- ステップバイステップの明確化: 各作業工程を詳細に分解し、一つ一つのステップを明確に記述することで、未経験者でも迷うことなく作業を進められるようにします。
- チェックリストの導入: 重要工程にはチェックリストを設けることで、作業漏れやミスを未然に防ぎ、品質の均一化を図ります。
- 動画マニュアルの導入: 特に複雑な操作や動きを伴う作業については、動画マニュアルを導入することで、より直感的で実践的な学習を可能にします。
- 継続的な更新と改善: マニュアルは一度作成して終わりではなく、業務プロセスの変更やツールの更新に合わせて定期的に見直し、改善を行います。現場からのフィードバックを積極的に取り入れ、常に最新かつ最適な状態を維持します。
- アクセス性の向上: マニュアルは電子化し、社内ネットワークやクラウド上で共有することで、必要な時にいつでも誰でもアクセスできる環境を整備します。検索機能の充実も図り、目的の情報に素早くたどり着けるようにします。
これらの施策を徹底することで、従業員のスキルレベルに依存しない安定した業務遂行を可能にし、組織全体の生産性向上とサービス品質の維持・向上を実現します。
③ステップアップ設計:同じ業務でも「少しずつ責任を増やす」
社員の成長を促し、モチベーションを維持するためには、日々の業務に段階的な責任と難易度の向上を組み込む「ステップアップ設計」が不可欠です。この設計により、社員は自身の成長を明確に認識し、停滞感や飽きによるモチベーション低下を防ぐことができます。
成長の可視化とモチベーション向上:
単調に見える作業であっても、任せる業務の難易度や責任範囲を意図的に少しずつ増やしていくことで、社員は「自分は着実に成長している」という実感を得られます。この成長実感は、自己肯定感を高め、さらなる学習意欲や業務への主体性を引き出す強力な原動力となります。例えば、単なる作業の繰り返しではなく、その作業が持つ意味や、より効率的な方法を考えさせる機会を与えることで、業務に対する深い理解と貢献意欲を育むことができます。
具体的なキャリアステップの構成例:
- 1年目:データ入力
- 正確なデータ入力を通じて、業務の基礎と会社の情報システムに慣れる。
- 基本的な業務フローと手順を習得し、正確性とスピードを意識する。
- 2年目:データチェック・検証
- 自身や他者が入力したデータの誤りを発見し、修正する能力を養う。
- データの整合性や品質管理の重要性を理解し、責任感を高める。
- 簡単なエラーレポートの作成や、改善提案の機会を与える。
- 3年目:データ分析レポート作成補助
- 収集・チェックされたデータを用いて、上司の指示のもと簡単な集計やグラフ作成を行う。
- データが示す傾向や意味を考察し、ビジネスにおけるデータの活用方法を学ぶ。
- レポート作成を通じて、論理的思考力と表現力を磨く。
- 4年目以降:データ分析と戦略提案、チームリーダー
- 自ら課題を設定し、必要なデータを抽出し、多角的な分析を行う。
- 分析結果に基づき、具体的な事業戦略や改善策を提案する。
- 新人や後輩への指導・育成を通じて、リーダーシップを発揮し、チーム全体の生産性向上に貢献する。
このように、各段階で明確な目標と責任を設定することで、社員は自身のキャリアパスを具体的にイメージしやすくなります。また、企業側も社員の能力開発を計画的に進めることができ、組織全体の生産性向上と持続的な成長に繋がります。定期的なフィードバックと評価を通じて、社員の努力と成果を認め、次のステップへの意欲を引き出すことが重要です。
④本人の強みを活かす対話:苦手より「できた」を増やす面談
- 面談の視点: 苦手な部分の改善よりも、「何がうまくいったか」「どの業務で集中力を発揮できたか」に焦点を当て、本人の強みをフィードバックします。
- 合理的配慮: 障害特性よりも「できた」を増やす視点で、「どうすればこの社員の能力を最大限に引き出せるか」という対話を行います。
ミスマッチを防ぐ“採用前の設計”とは

採用後のトラブルの8割は、採用前の“実地理解”があれば防げます。
- 面接時に「できること」だけでなく「支援が必要な場面」も聞く: 「体調の波があるが、午後の時間帯であれば最大の成果が出せる」といった、配慮を前提とした貢献度を明確に確認します。
- 企業見学・職場実習(トライアル雇用)の活用: 応募者に実際の作業環境(騒音、光、人間関係など)を事前に体験してもらうことで、入社後のギャップをなくします。
- 支援機関やジョブコーチとの情報共有体制: 採用担当と現場責任者の意思疎通を定期化し、現場が求めるスキルと、求職者の特性に関する情報を共有する仕組みを構築します。
まとめ:業務設計の見直しこそが「定着支援」
定着支援は、単なる「面談や励まし」といった精神的なサポートに留まらず、本質的には「仕事の作り直し」という具体的な行動を伴うものです。従業員からの連絡が途絶える、あるいは仕事に対して迷いを見せるという出来事の背景には、誰かが人知れず“迷っている時間”が確実に存在します。その時間を頭ごなしに責め立てるのではなく、彼らの気持ちに深く寄り添い、共に解決策を探ろうとする姿勢こそが、真の「定着支援」へと繋がるのです。
企業が障害者雇用において果たすべき役割は、もはや単なる「調整役」ではありません。障害のある従業員の特性や能力を最大限に引き出し、組織に貢献してもらうためには、企業は「設計者」へとその役割を変革する必要があります。障害者雇用は、「採用して終わり」という短絡的な段階をすでに終え、個々の従業員が最大限に能力を発揮できるような「仕事を一緒に創造する」段階に入っています。この視点に立ち、既存の業務プロセスや内容を根本から見直し、再設計することこそが、離職率を低減させる最も確実で効果的な方法であると断言できます。個々の従業員が無理なく、かつ意欲的に取り組める仕事の設計は、結果として企業全体の生産性向上にも寄与するでしょう。
投稿者プロフィール
- 自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。







