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なぜ途中で連絡が取れなくなるのか?──障害者採用の現場にある“三者のすれ違い”

この記事の内容
はじめに|「無責任」ではない、見えない心の壁

障害者雇用の現場でよく聞かれる悩みのひとつに、「やり取りの途中で急に連絡が取れなくなる」というものがあります。せっかく面接日程まで進んでいたのに、ある日を境に返信が途絶えてしまう。企業担当者や人材紹介のコーディネーターは戸惑い、「何か気に障ることを言ってしまったのか」「やる気がなくなったのか」と悩むことも少なくありません。
しかし、その裏には、求職者の不安や体調、自己否定感など、“見えない心の壁”が存在することがあります。一見「無責任」に見える行動の裏には、求職者の不安や体調、支援体制の弱さなど、さまざまな背景があるのです。
本稿では、企業・支援者・求職者の“三者の立場”から見えるすれ違いを整理し、“誰も悪くない離脱”を減らし、より良い関係構築のヒントを探ります。
1. 求職者側にある“見えないハードル”

連絡が途絶える行動は、「拒絶」とは限りません。むしろ「エネルギーが尽きた」というSOSの表現の方が近い場合があります。
- 面接や企業とのやり取りが精神的負担になるケース: 障害特性上、慣れない環境での対話や、自身の弱みを伝える行為は、健常者が想像する以上に大きなストレスとなります。特に精神障害を持つ方にとって、面接後の疲労は大きく、回復に時間がかかることがあります。
- 「返信しなければ」「連絡しづらい」という葛藤: 連絡が途絶えている間も、「早く返信しなければ」という焦りや罪悪感は持っています。しかし、その焦りが新たなストレスとなり、「動けない」状態を引き起こします。この「返信しなければいけないのにできない」という葛藤が、さらに心のエネルギーを消耗させます。
- 自己否定感や、過去のトラウマから行動が止まってしまうことも: 過去の失敗や無理解がトラウマとなり、「どうせ自分は採用されない」「また迷惑をかける」という自己否定感から、行動がフリーズし、連絡が止まってしまうこともあります。
- 支援者がいない/支援機関と連携できていない状況の難しさ: 適切な支援者や支援機関と連携できていない場合、体調の悪化や不安を一人で抱え込み、結果として孤立し、外部との接点をすべて遮断してしまうという深刻な状況に陥ります。
2. 企業側が感じる“戸惑いと誤解”
企業側もまた、“障害者雇用の経験不足”というハードルを抱えており、連絡が途絶える行為に対して戸惑いや誤解が生じます。
- 「連絡が来ない=やる気がない」と受け取られてしまう: 一般の採用市場の常識では、応募者からの連絡が途絶えるのは「辞退」や「やる気の欠如」と見なされます。この常識が、障害者採用の現場に持ち込まれることで、「体調不良による停止」が「やる気のなさ」という誤解にすり替わってしまいます。
- 現場担当者が障害特性を理解しきれず、判断が早くなる: 障害者雇用に慣れていない現場の担当者が、求職者の行動を自身の経験だけで判断し、「この人は業務遂行が難しい」と早計な判断を下してしまうことがあります。
- 精神障害のある求職者の採用においては、採用担当者側も「どのように接すればよいのか」という不安を抱えているのが実情です。
特に精神障害の場合、体調の波が予測しにくいという特性があります。このため、採用担当者は「今、連絡しても体調を崩してしまわないだろうか」「どのような言葉を選べば、求職者に寄り添いながら適切なコミュニケーションが取れるだろうか」といった懸念を抱きがちです。
こうした不安は、結果として採用担当者が求職者への連絡を控えめにしてしまう傾向につながります。例えば、面接日程の調整や選考状況の連絡など、採用プロセスにおいて必要な情報共有が滞ることもありえます。これは、採用担当者が悪意を持って連絡を避けているわけではなく、むしろ求職者の体調を気遣うがゆえの行動である場合が多いのです。しかし、求職者側から見れば、連絡が途絶えることで「選考が進んでいないのではないか」「自分は望まれていないのではないか」といった不安や不信感を抱く原因となり、結果として採用プロセスの途中で離脱してしまうことにも繋がりかねません。
このような状況は、採用担当者と求職者、双方にとって不本意なすれ違いを生み出すことになります。採用担当者としては、適切なコミュニケーションの方法や、体調の波がある求職者への配慮について十分な知識や経験がないために、無意識のうちに連絡をためらってしまうことがあります。この課題を解決するためには、採用担当者への精神障害に関する正しい理解を深めるための研修や、具体的なコミュニケーション例の提示、あるいは専門家によるサポート体制の構築などが不可欠であると言えるでしょう。
3.支援者・人材紹介担当の立場でできること
連絡の途絶を防ぎ、求職者と企業の関係を維持するために、支援者・人材紹介担当者は、両者の間に立ち、橋渡し役としての役割を果たすことが求められます。
- 「返事がない」ことを責めず、まず“見守る”姿勢を持つ: 連絡がない状況を「拒絶」として責めるのではなく、「今はエネルギーが尽きている時期かもしれない」と理解し、すぐに返信を求めず、まずは数日~一週間程度“見守る”姿勢を持つことが、求職者の心理的負担を軽減します。
- メッセージを送る際は、“安心できる文面”を意識する: 送るメッセージは、進捗確認の催促ではなく、「体調や気持ちの面でご負担があれば、少し落ち着いてからで大丈夫です」といった、相手の状況を気遣う安心できる文面を意識しましょう。これにより、求職者は「自分のペースでいい」という心理的な安全を確保できます。
- 支援機関や家族と連携し、“孤立しない”支援体制を整える: 求職者ご本人だけでなく、就労移行支援事業所の担当者やご家族と連携をとり、外部からもサポートが入る多重的な支援体制を整えることで、求職者が完全に孤立してしまう事態を防ぎます。
4. 「三者のすれ違い」を減らすために

連絡の途絶という出来事の裏には、誰かが“迷っている時間”があります。このすれ違いを解消するために、各者が意識すべき行動があります。
- 求職者は「不安を言葉にする勇気」を育む:
就職活動中、特に障害を持つ求職者の方々には、体調の変化やそれに伴う不安がつきものです。企業側も、連絡が途絶えることで「意欲がないのではないか」「業務をきちんと遂行できるのか」といった誤解を抱きがちです。しかし、この誤解は、「体調が優れないため、本日中の返信は難しいです」といった簡潔な一言で、大きく解消されます。この「小さな勇気」は、自身の状況を正直に伝え、企業との信頼関係を築く上で非常に重要です。そして、この信頼関係こそが、長期的な就労を成功させるための第一歩となるのです。自分の状況を適切に伝えるスキルは、入社後の業務遂行においても不可欠であり、将来的なキャリア形成にも良い影響をもたらします。
- 企業は「完璧を求めない姿勢」を実践する:
障害者採用において、企業側には「完璧な連絡対応」を求めるのではなく、より柔軟な姿勢が求められます。確かに、連絡の遅れは気になるものですが、それが必ずしも「意欲の欠如」や「能力の不足」を意味するわけではありません。その後の面談や実習、あるいは実際の業務において、求職者の「意欲」や「能力」に問題がないのであれば、連絡の遅れをその人の「特性」の一つとして受け入れる柔軟さを持つことが、結果として優秀な人材を確保する鍵となります。個々の特性を理解し、それに対応できる環境を整えることは、企業の多様性を高め、組織全体の成長にも繋がります。短期的な視点だけでなく、長期的な視点に立って人材を評価することが重要です。
- 支援者は「橋渡しの柔軟さ」を徹底する:
障害者採用における支援者の役割は、企業と求職者の間に立ち、双方のギャップを埋める「翻訳役」として極めて重要です。“企業の事情”として、業務遂行のスピードや効率性を重視する側面がある一方で、“求職者の心”には、自身の障害特性からくる不安や配慮してほしい点が多々あります。支援者は、企業には求職者の具体的な状況や配慮事項を丁寧に伝え、求職者には企業の求める意図や職場の雰囲気などを具体的に説明することで、双方の理解を深める橋渡し役を徹底します。この「橋渡しの柔軟さ」が、企業と求職者の間のミスマッチを防ぎ、より良いマッチングを実現するための不可欠な要素となります。具体的な事例を交えながら、双方の立場を理解し、建設的な対話を促すことが求められます。
まとめ|連絡が止まる時間を「定着支援」に変えるために
連絡が途絶えるという事態の背後には、必ず誰かの「迷いの時間」が存在します。この時間を単に「無責任」と断じるのではなく、「次なる一歩を踏み出すためのエネルギーを回復させている時間」として深く理解し、寄り添う姿勢こそが、障害者雇用の現場における真の「定着支援」へと繋がります。焦らず、相手のペースを尊重することが、信頼関係を築く上で不可欠です。
企業、支援機関、そして求職者という三者が、それぞれの立場から生じる「誰も悪くないすれ違い」を乗り越えるという共通の意識を持つことが、誰もが安心してその能力を発揮できる社会を築き上げるための最初の、そして最も重要な一歩となります。相互理解と協力体制を深めることで、より包括的で持続可能な雇用環境を創出することができます。
投稿者プロフィール
- 自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。







