2025/10/21
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障害を受け入れるまでの時間|「できない自分」を許せなかった私が見つけた希望の形-苦しさも、怒りも、涙も。障害とともに生きるリアルな日常から見えてきたこと

はじめに|“見えない苦しさ”をどう支えるか

「今日も働けるか分からない——。」

双極性障害を持つ人たちは、日々そんな不安と隣り合わせで生きています。
周囲からは「元気そうに見える」のに、心の内では大きな波と闘っている。
気分の高揚と抑うつが周期的に訪れるこの障害は、
本人の努力だけではコントロールできない現実があります。

それでも、適切な配慮と理解があれば、安定して働くことは可能です。
実際に、双極性障害を抱えながら働く人たちは、
「波を前提にした働き方」を見つけることで、長期的にキャリアを築いています。

この記事では、ある双極性障害の当事者の声を通して、
障害を受け入れるまでの葛藤、そして「配慮」と「実務」の間で生まれる誤解、
さらには企業側に求められる“本当の支援”について掘り下げます。


「普通に働けない自分」を責め続けていた日々

「自分は怠けているのかもしれない」
そう思っていた時期が、長くありました。

朝起きた瞬間から体が重く、何をしても集中できない。
でも、数週間後には驚くほどエネルギーが湧き、夜中まで仕事に没頭してしまう。
周囲から見れば「気分の波が激しい人」。
けれど本人にとっては、“自分の感情をコントロールできない”苦しさそのものでした。

ある日、医師から伝えられた言葉。
「それは、双極性障害の可能性があります。」

診断を受けた瞬間、どこかでホッとしたのを覚えています。
“怠け”でも“性格”でもなかった——けれど同時に、「これから一生、この病気と付き合うのか」という不安が押し寄せてきました。


「ラベル」がついた不安と、見えない偏見

双極性障害という言葉を聞いたとき、最初に感じたのは「周りにどう思われるだろう」という恐れでした。
見た目には分からない障害。
だからこそ、理解されにくく、誤解されやすい。

「気分の波? 誰だってあるよ」
「今日は元気そうなのに、なんで休むの?」

そんな言葉が、何よりも心を削っていきました。
見えない障害だからこそ、説明にも勇気が要る。
「言わなければ楽かもしれない」——でも、言わなければ配慮も得られない。

多くの当事者がこの“はざま”で苦しみます。


「受け入れる」とは、“できる範囲”を知ること

診断後しばらくは、仕事を辞めるか続けるか、迷い続けました。
以前のように完璧に働けない自分を、どうしても許せなかったからです。

そんなとき、主治医に言われたひと言が心に残りました。
「頑張る方向を、少し変えてみませんか。」

それは“頑張らないでいい”という意味ではなく、
“自分のリズムを理解した上で、持続可能な働き方を見つけよう”という提案でした。

双極性障害の特性上、気分の波は一定の周期でやってきます。
安定期には集中力が高く、創造的な仕事をこなせることもある。
一方で、抑うつ期には最低限の業務すら難しくなる。

「波がある前提」で業務設計をすることが、働き続ける鍵になるのです。


「配慮」と「実務」のあいだで生まれる誤解

双極性障害のある社員に対して、企業が最も悩むのが“配慮の線引き”です。

人事担当者からは、こんな声をよく聞きます。

「どこまで配慮すればいいのか分からない」
「業務量を減らすと、他の社員の負担が増える」

しかし、配慮とは“特別扱い”ではなく、“働きやすさの調整”です。
たとえば以下のような小さな工夫でも、職場定着率は大きく変わります。

  • 週ごとの業務負担の波をなくす(繁忙期を集中させない)
  • 朝礼やミーティングを録画し、後から確認できるようにする
  • 状況確認の面談を「指導」ではなく「対話」として実施する

こうした取り組みは、結果的に他の社員の働きやすさにもつながります。
つまり、合理的配慮=組織の柔軟性の指標でもあるのです。


信頼関係は「特別な制度」ではなく「日常の言葉」から生まれる

ある企業では、双極性障害の社員が週4日勤務からスタートし、現在は正社員として安定して働いています。
その背景には、“特別な制度”ではなく、上司の何気ない声かけがありました。

「今日は調子どう?」
「無理そうならタスクを調整しようか。」

これらは制度ではなく、人の温度を伴ったコミュニケーションです。
この上司は言います。

「本人が一番、自分の体調を理解している。だから“報告しやすい空気”を作ることが、私たちの役割だと思う。」

人事部門の観点からも、
“情報共有の仕組み”よりも、“信頼関係を保つ会話”のほうが長期的な安定に寄与するケースが多いです。

「波があってもいい」──再スタートを支えた言葉

再就職後、当事者が一番怖かったのは「また迷惑をかけるかもしれない」という不安でした。
しかし、職場のメンバーからこう言われたそうです。

「波があるのは分かってるよ。だからこそ、安定しているときは頼りにしてる。」

この言葉に救われたといいます。
「自分の弱さを認めても、職場に居場所がある」と感じられた瞬間、
双極性障害という“負”のイメージが、“個性の一部”に変わりました。

企業にとって大切なのは、「完全に安定させること」ではなく、
“揺れを前提に支えるチームづくり”です。


まとめ|「できない日」があっても、働ける場所を

双極性障害を持つ社員に限らず、誰にでも「できない時期」はあります。
障害者雇用の本質は、“できる/できない”で線を引くことではなく、
“どんな支えがあれば、働けるのか”を一緒に探すプロセスにあります。

企業にとっての合理的配慮は、コストではなく「投資」です。
離職を防ぎ、組織全体のエンゲージメントを高める最も有効な手段でもあります。

そして、当事者にとっての「受け入れる」とは、
諦めることではなく、“新しい自分の働き方を見つける”こと。

最後に、当事者の言葉を借りて締めくくります。

「“できない日”があってもいい。
それを受け入れてくれる職場があるから、私はまた明日も働けると思えるんです。」障害を受け入れるまでの時間は、決して短くありません。
けれど、その時間の中で生まれる理解と対話こそが、
企業と人をつなぐ“希望の形”になるのです。

投稿者プロフィール

八木 洋美
自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。
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