- 障害者雇用
心不全でも仕事はできる?治療と両立する働き方の工夫と配慮ポイントを解説

「心不全と診断された瞬間、頭が真っ白になった」「これからどうやって働けばいいのか」。そんな不安を抱えたまま、退院後の生活や職場復帰について悩む方は少なくありません。心不全は慢性的に進行する疾患であり、継続的な治療と生活管理が欠かせませんが、それが「仕事を諦めなければならない」ということでは決してありません。
近年、医療の進歩と就労支援制度の拡充によって、心不全を抱えながらも働き続けることは現実的な選択肢となっています。重要なのは、自分の状態を正しく理解し、無理なく働ける環境を整えること。本記事ではまず、心不全の基本的な知識と、仕事との両立に向けた第一歩となる「病気と働き方の関係性」を丁寧に解説します。
心不全の基礎知識
心不全とは
心不全とは、心臓が全身に十分な血液を送り出す機能を果たせなくなることで、各臓器への酸素と栄養の供給が不十分となり、全身にさまざまな症状をもたらす病態です。風邪やケガのように一時的なものではなく、進行性で慢性的な病気であり、一度発症すると長期的な治療と管理が必要になります。
心不全の原因は一つではなく、次のようにさまざまな背景が関与しています。
- 高血圧・心筋梗塞・弁膜症・心筋症などの循環器系疾患
- 糖尿病や慢性腎不全といった生活習慣病
- 不整脈、睡眠時無呼吸症候群、ストレス
- 長年の過労、肥満、喫煙・飲酒などの生活習慣
若年層でも働き盛りの40〜50代で心不全を発症するケースは年々増加しており、「心不全=高齢者の病気」という認識は過去のものとなりつつあります。
心不全のステージ分類と症状
心不全の状態は、症状の重さや心機能の程度により段階的に分類されます。代表的な指標としては、「NYHA分類(ニューヨーク心臓協会機能分類)」が用いられます。
NYHA分類の概要:
- I度(軽度): 通常の活動では症状が出ない。制限なし。
- II度(軽中等度): 日常的な活動で息切れや疲労感。安静時は無症状。
- III度(中等度): 軽度の動作でも症状があり、日常生活に制限あり。
- IV度(重度): 安静時にも症状が出る。ほぼ寝たきりの状態。
また、心不全は「左心不全」と「右心不全」に分類され、左心不全では呼吸困難や息切れが、右心不全では足のむくみや腹水、体重増加などが主な症状となります。
このように症状には個人差があり、日常生活の困難さと勤務可能かどうかを見極めるには、医師の意見と本人の体感を丁寧に照らし合わせることが重要です。
心不全の治療(薬物療法と非薬物療法)
心不全の治療は、大きく「薬物療法」と「非薬物療法」に分かれ、それぞれが補完し合うことで再発予防と進行の抑制を図ります。治療は長期戦になることが多く、仕事と両立させるには、この治療との“共存”を前提とした働き方が求められます。
薬物療法
心不全の進行を防ぐために、以下のような薬剤が処方されます。
- ACE阻害薬・ARB: 血管を拡張し、心臓の負担を減らす
- β遮断薬: 心拍数を抑えて心臓の酸素消費を軽減
- 利尿薬: 体内の余分な水分を排出してむくみや息切れを軽減
- MR拮抗薬: ナトリウムの再吸収を抑制し、心臓への負荷を低下
- SGLT2阻害薬: 糖尿病の合併がある心不全への保護作用
薬は原則として決まった時間に服用することが重要で、職場でも服薬時間を確保する必要があります。また、副作用(血圧低下、めまい、頻尿など)に対応するためにも、職場の理解と環境整備が欠かせません。
非薬物療法(生活習慣の見直し)
薬と並行して、以下のような生活改善も心不全管理には必須です。
- 塩分制限: 1日6g未満を目安に、外食・加工食品を控える
- 水分制限: 体重増加を防ぐために1.0〜1.5リットルに抑制
- 体重・血圧・脈拍の毎日の記録
- 軽度な運動習慣(心臓リハビリ)
- 禁煙・禁酒の徹底
- ストレスと過労の回避(十分な睡眠と休憩)
心不全の再発防止には、これらの要素すべてが密接に関わっています。仕事においても、勤務時間の見直しや作業内容の調整、休憩時間の確保といった配慮が求められる場面は多くなります。
心不全と就労を両立させるために
心不全と仕事を両立するには、勤務形態や職場の理解を得ることがカギです。
以下のようなポイントが職場での配慮に直結します。
- 短時間勤務や時短勤務制度の活用
- 在宅勤務、フレックス勤務による通勤負担の軽減
- 職場での座位中心の業務配置
- 産業医との定期的な健康相談
- 定期通院・服薬時間への理解
また、障害者手帳の取得や就労移行支援の利用により、病気への配慮が整った職場を選ぶという選択肢も現実的です。
心不全につながる危険因子
心不全は、ある日突然発症するように見えて、実は長年の生活習慣や既往症によって“静かに進行している”ケースが少なくありません。心不全そのものは病名というより「状態」を示す言葉であり、心臓が全身に十分な血液を送り出せなくなる「機能不全」の結果です。そしてその背景には、多くの“危険因子”が潜んでいます。
ここでは、心不全のリスクを高める主な要因を整理し、どのような方に注意が必要なのか、そしてそのリスクをどう回避すべきかを分かりやすく解説します。自身の健康を見直し、仕事と両立する生活を築くうえでも、まずはリスクの把握が欠かせません。
1. 高血圧
心不全の最も代表的な危険因子が高血圧です。血圧が高い状態が続くと、心臓は強い圧力に逆らって血液を送り出さなければならず、徐々に心筋が肥大し、硬くなり、最終的にはポンプ機能が低下していきます。
高血圧は自覚症状が乏しく、「気づいた時には手遅れだった」というケースも珍しくありません。血圧が135/85mmHgを超える場合は、日常的に測定を行い、食塩の摂取量や体重管理、適度な運動の習慣を通じてコントロールする必要があります。
2. 虚血性心疾患(心筋梗塞・狭心症)
心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患は、心臓の血流が一時的または完全に遮断され、心筋が酸欠状態に陥る病気です。これにより心臓の組織が壊死し、その後の心機能低下を招きやすく、心不全へと進行するリスクが高まります。
特に心筋梗塞を発症した方は、治療後も心臓の回復が完全ではないことが多く、再発予防とともに心不全予防にも力を入れる必要があります。
3. 糖尿病
糖尿病は全身の血管にダメージを与える疾患であり、心臓の微細な血管にも障害を引き起こすため、心不全のリスクを高めます。さらに、糖尿病がある方は心筋細胞のエネルギー代謝が悪化し、心機能の低下が加速することが近年の研究で明らかになってきました。
血糖コントロールが不十分なまま放置すると、動脈硬化が進行し、虚血性心疾患を引き起こす可能性も高まるため、食事・運動・薬物療法による管理が不可欠です。
4. 肥満・運動不足
体重の増加は、心臓にとって大きな負担となります。肥満が進行すると、血液を循環させるために心臓が余計に働かなければならなくなり、やがて機能不全を起こしやすくなります。
また、運動不足は筋肉量の低下だけでなく、血圧・血糖値・コレステロール値の悪化を招き、結果として心不全のリスクを高める要因となります。日々の生活に軽い有酸素運動(ウォーキングや自転車など)を取り入れるだけでも、心臓への負担は大きく軽減されます。
5. 喫煙・過度の飲酒
喫煙は血管を収縮させ、血圧を上昇させるとともに、血液をドロドロにして動脈硬化を進行させます。また、過度のアルコール摂取は心筋症を引き起こすリスクがあり、心拍数の異常や心不全の直接的な原因になることもあります。
一日にたばこを10本以上吸っている、またはアルコールを多量に摂取している人は、真っ先に生活習慣の見直しが必要です。
6. 睡眠時無呼吸症候群(SAS)
「いびきがうるさい」「寝ているのに疲れが取れない」という方は、睡眠時無呼吸症候群の可能性があります。SASは眠っている間に呼吸が断続的に止まり、そのたびに心臓へ強い負担がかかる病気です。
この状態が続くと、高血圧や不整脈の発症率が高まり、心不全への進行リスクも増加します。いびきや日中の眠気が気になる方は、専門医による検査と適切な治療が求められます。
7. ストレスと過労
現代の働く世代にとって最も見落とされがちなリスクが慢性的なストレスと過労です。ストレスは交感神経を過剰に刺激し、血圧の上昇、不整脈の誘発、心筋への酸素供給低下といった一連の悪影響を及ぼします。
過労死ラインという言葉もあるように、長時間労働は命に直結する重大なリスク。特に職場環境がストレスの原因になっている場合は、早期に働き方の見直しや産業医との面談を行うべきです。
心不全は、これらの危険因子が複合的に絡み合って発症・悪化していく病気です。どれか一つでも当てはまる場合は、定期的な健康診断や医師との相談を通じて、早期に対処していくことが、健康を守る最も確実な方法です。そして、働きながら健康を維持するためには、こうしたリスクを正しく認識し、日々の生活と仕事に“調整”を加えていくことが必要です。
心不全の退院後の注意点

心不全での入院治療を終え、無事に退院を迎えたとしても、それは「完治」ではなく、「治療と共に生きていく生活」のスタートラインです。心不全は慢性疾患であり、再発や悪化のリスクを常に抱えている状態です。特に退院後数か月間は体調が不安定になりやすく、生活の中での“注意の積み重ね”が、その後の安定につながります。
ここでは、心不全の再発を防ぎ、社会生活や仕事と無理なく両立していくために押さえておくべき「退院後の生活管理」について、運動と食事の制限を中心にわかりやすく解説します。
運動制限と食事制限
1. 運動制限の基本方針
心不全の方にとって、「無理な運動は命取り」になる場合がありますが、「まったく動かない」ことも体力の低下や血流悪化を招くため、推奨されません。重要なのは、心臓に負担をかけない範囲で、日常的な運動を継続することです。
退院直後は、まずは室内での軽い動作(家の中の移動やイスからの立ち上がりなど)から始め、徐々に散歩や軽い体操へと移行します。医師や理学療法士の指導のもと、「心臓リハビリテーション」と呼ばれる安全な運動プログラムを取り入れるのが理想です。
具体的な運動のポイントは以下のとおりです:
- 目安は1日15~30分程度の有酸素運動(週3〜5日)
- 息が切れない程度の運動強度(会話ができるペース)を守る
- 水分補給と体調チェックを忘れずに
- 疲労感や動悸、息切れを感じたらすぐに中止
働きながら生活する方にとっては、通勤や業務中の移動なども運動に含まれます。そのため、業務量や移動距離も含めて主治医に相談しながら、自分に合った活動レベルを設けることが重要です。
2. 食事制限の基本
食事管理は、心不全の再発予防において最も大切な要素の一つです。特に「塩分」と「水分」の摂取量には細心の注意が必要です。
- 塩分制限:1日6g未満(重症例では4g未満)
- 水分制限:1.0~1.5リットル程度(浮腫・体重増加がある場合)
- 高カロリー・高脂質食品の制限
- カリウム・たんぱく質・鉄などのバランス摂取
心不全では体に水分がたまりやすく、塩分の摂りすぎはむくみや呼吸困難を招く原因となります。また、濃い味を好む人ほど、塩分過多になりがちです。日々の食事において、「見えない塩分」に注意を向ける必要があります。
塩分摂取量の目安と食品ごとの塩分量
「塩分1日6g以下」と聞いても、具体的にどの食品にどれだけ含まれているのかを把握していなければ、日常で実行することは困難です。以下に、よくある食品の塩分量目安を紹介します。
主な食品の塩分量(目安):
- みそ汁(1杯):1.5g前後
- 梅干し(1個):2.0g前後
- 漬物(1食分):1.5~2.5g
- ラーメン(1杯):5.5~7.0g
- パン(1枚):0.6~1.0g(種類による)
- ウインナー(2本):0.7g前後
- 佃煮(1食分):1.0g以上
このように、加工食品や外食には想像以上に多くの塩分が含まれています。塩分制限中の食事では、以下のような工夫が効果的です:
- だし・酸味・香辛料を使って薄味でも満足感を得る
- 減塩調味料を活用する
- 栄養成分表示をチェックする習慣をつける
- 外食時は「スープを残す」「味付けを別皿にする」などの調整をする
食事は仕事の活力にもつながる大切な要素です。無理な我慢をするのではなく、“楽しく続けられる減塩生活”を工夫することで、心臓にもやさしく、心にも余裕が持てるようになります。
心不全の退院後は、「無理をしない」「体の声を聞く」「小さな変化に気づく」が大切なキーワードです。食事と運動の習慣を整えることは、再発予防だけでなく、安心して社会復帰し、仕事を続けていく土台になります。体調の安定が、人生の安定につながる——それを支えるのが、日々の“選択”なのです。
心不全で利用できる社会制度
心不全は、治療や生活管理に長期的な視点が必要な疾患です。特に退院後や治療継続中には、医療費や通院負担、就労における制限など、経済的・身体的な課題が多くの方にのしかかります。
しかし、日本にはそうした状況を支えるための公的制度が数多く用意されており、正しく申請・活用することで、心と生活の負担を大幅に軽減することが可能です。ここでは、心不全のある方が活用できる代表的な制度である「身体障害者手帳と障害年金」、そして「高額療養費制度および難病医療費助成制度」についてわかりやすくご紹介します。
身体障害者手帳と障害年金
● 身体障害者手帳の取得について
「心臓機能障害」は身体障害者手帳の対象となる内部障害のひとつであり、心不全の状態が一定の基準を満たす場合に、都道府県を通じて申請・交付されます。取得には、**医師による診断書(心電図や心エコーなどによる詳細な検査結果)**の提出が必要です。
等級は1級から3級までに分かれており、日常生活への支障度合いや運動耐容能、心機能の評価などによって決定されます。
取得することで以下のような支援を受けられる可能性があります:
- 医療費の自己負担軽減(自治体による助成)
- 公共交通機関の割引(バス・電車・タクシーなど)
- 自動車税・所得税の控除や減免
- 就労支援制度の優遇(障害者雇用枠の活用など)
- 福祉サービスや補装具費の支給
特に就労においては、障害者手帳を持つことで企業側が制度的支援を受けやすくなり、働く本人への配慮や雇用機会が広がるというメリットがあります。
● 障害年金の活用
心不全によって日常生活や労働が制限される場合には、障害基礎年金や障害厚生年金を受給できる可能性があります。支給の可否は、症状の重さだけでなく、初診日が公的年金加入中であったか、保険料納付要件を満たしているかなども審査対象となります。
心不全で受給対象となるケースには以下のようなものがあります:
- 左室駆出率(LVEF)が40%以下
- 歩行困難、階段昇降ができないなどの重度の運動制限
- 常に息切れがある、または在宅酸素療法を要する状態
受給額は等級によって異なりますが、障害等級2級に該当した場合、年間で約80万円(障害基礎年金)~140万円(障害厚生年金)が支給される場合もあります(2025年現在の水準に基づく)。
障害年金は「働けない状態でなければ申請できない」という誤解もありますが、実際には「労働能力が制限されている」「生活に著しい制限がある」状態であれば、働いていても申請・受給が可能な場合があります。医師や社会保険労務士と連携しながら、適切に準備・申請を行うことが大切です。
高額療養費制度と難病医療費助成制度
● 高額療養費制度
心不全の継続的な治療は、検査、投薬、外来・入院などで医療費の負担が長期的にかかるという課題があります。そうした状況に対応するのが「高額療養費制度」です。
この制度では、1か月間に支払った自己負担額が所得区分に応じた限度額を超えた場合、超過分が返還される仕組みになっています。たとえば、年収370万~770万円程度の方であれば、外来での負担限度額は月額57,600円が目安です(一定条件で引き下げられる場合あり)。
また、あらかじめ申請して「限度額適用認定証」を取得しておけば、医療機関の窓口での支払いを限度額までに抑えることができます。
● 難病医療費助成制度(該当ケース)
心不全が特定の原因疾患によって生じており、かつ国が定める「指定難病(例:拡張型心筋症など)」である場合には、「難病医療費助成制度」の対象となる可能性もあります。
この制度では、所得や世帯構成に応じて自己負担が軽減されるほか、指定医療機関での診療にかかる自己負担割合が原則2割に引き下げられます。難病の進行度や症状の程度によっては、通院・検査・処方薬の費用が実質的に大きく軽減されるため、対象となるかどうか一度専門医に相談することをおすすめします。
心不全のある方にとって、これらの社会制度は「生活を支える柱」としての役割を果たします。日々の通院や治療と並行して働くという選択肢を実現するには、金銭面・体力面の不安を少しでも軽くする支援の存在が欠かせません。
制度の活用には「知る」「調べる」「申請する」というステップが必要ですが、医療ソーシャルワーカーや支援団体と連携すれば、確実に前進できます。遠慮せず、まずは一歩、制度にアクセスしてみましょう。それが“無理のない働き方”の実現に直結する、確かな一歩になります。
心不全と仕事を両立するためのポイント

心不全は、「働くこと」に大きな不安をもたらす病気です。症状の波や通院の必要性、そして再発リスクなど、日々の体調とどう付き合っていくかは、働くうえで避けて通れない問題です。しかし、心不全だからといって仕事をあきらめなければならないわけではありません。
実際、症状や体力に応じた働き方を見つけ、自分らしいペースで社会復帰を果たしている方も多くいます。ここでは、心不全を抱える方が安心して仕事を続けるために押さえておきたい4つのポイントをご紹介します。体調を管理しながら前向きに働きたい方や、企業としてサポート体制を考える際にも、ぜひ参考にしてください。
どのくらい活動可能か現状把握する
仕事復帰の第一歩は、「自分がどのくらい活動できるのか」を客観的に把握することから始まります。心不全の症状は個人差が大きく、同じ診断名でも働ける範囲は人によって異なります。
自己判断ではなく、**主治医の診断書や運動耐容能検査(例:心肺運動負荷試験など)**をもとに、どのレベルまでの労働が可能かを評価してもらいましょう。たとえば、「立ち仕事は避けるべき」「1日4時間以内の勤務が望ましい」「週3日の勤務から段階的に慣らす」といった具体的な目安を設定することが、後の職場選びや勤務交渉の土台になります。
また、以下のような自己チェックも参考になります:
- 朝起きたときの疲労感の有無
- 日常生活での息切れや動悸の頻度
- 階段の昇降がどの程度できるか
- 安静時に胸部不快感がないか
- 体重や足のむくみなど、再発リスクの兆候
体調日誌をつけることで、数値だけでは見えない「自分なりの体調変化」を把握しやすくなります。
復帰までに適切な準備をする
体力がある程度戻ってきても、いきなりフルタイムでの復職はおすすめできません。心不全を抱えて働くには、「仕事の負荷」と「生活管理」のバランスが重要です。そのためには、段階的な復職計画を立てることがポイントです。
以下のようなステップで準備を進めるとよいでしょう:
- 医師と相談して、就労可能な条件を明確にする
- 職場に復帰予定時期と希望勤務形態を相談する
- 体調管理のルーティン(食事・服薬・運動)の安定化を図る
- 業務内容をシミュレーションして体力的に無理がないか確認
- 可能であれば在宅業務からスタートする、もしくは短時間勤務で慣らす
特に、心リハ(心臓リハビリテーション)プログラムを退院後も継続している方は、そこでの運動指導や生活習慣の指導を活かしつつ、仕事に無理なく移行する準備ができます。
職場に理解者を作る
職場復帰をスムーズに進めるために欠かせないのが、「病気への理解と配慮」です。直属の上司や人事担当者、産業医などと事前に連携をとり、自分の健康状態と業務における必要な配慮を共有しておくことが重要です。
たとえば以下のような配慮をお願いすることが考えられます:
- 通院や服薬のための休憩時間の確保
- 作業の途中で休憩が取れる職場環境
- 空調・温湿度管理の徹底(冷えや暑さは心負担につながる)
- 長時間の立ち作業や重労働を避けた業務の割り振り
- 心拍数や血圧を計測できるスペースの確保
また、心不全は外見からは分かりにくい疾患であるため、周囲に誤解を与えないよう、自らの状態を簡潔に伝えるコミュニケーションも大切です。「一見元気に見えるけど、無理はできない」ことを理解してもらえると、安心して仕事に集中できます。
心不全の人に向いている仕事
体調に合わせた勤務形態や職種の選択
心不全を抱える方にとって、どんな仕事を選ぶかは就労継続に直結します。おすすめなのは、体力的な負担が軽く、自分のペースで働ける職場環境がある職種です。
推奨される勤務形態:
- 在宅勤務(テレワーク):通勤負担がなく、体調に応じた休憩が可能
- 短時間勤務/週3日勤務:体力回復期でも無理なく働ける
- フレックスタイム制:朝の体調が不安定でも勤務時間を調整できる
向いている職種の一例:
- データ入力・事務系作業
- コールセンター(在宅含む)
- ライティング、校正、翻訳などの在宅クリエイティブ業務
- 経理・総務・人事などの管理部門
- デザイン・設計職(自席での作業中心)
これらの職種では、基本的に重労働や長時間の立ち仕事が少なく、体調に合わせて業務の進捗を管理できる環境が整っています。また、在宅勤務を採用している企業では、こまめな休憩や通院スケジュールの調整もしやすく、心不全と仕事の両立に向いています。
心不全を乗り越えて──職場復帰を果たした一人の実体験

心不全と診断されたとき、多くの方が感じるのは「もう以前のようには働けないかもしれない」という不安です。命に関わる疾患であるがゆえに、生活そのものが大きく変わることへの戸惑い、そして仕事を続けることへの葛藤は想像以上に大きなものです。
そんな中で、心不全を発症しながらも、治療と向き合い、自分なりのペースで職場復帰を果たした男性がいます。
ここでは、その方の体験をもとに、「心不全と仕事の両立」がどのように可能になるのかを、リアルな視点でご紹介します。
病気の発覚から、職場復帰までの経緯
登場いただくのは、都内の広告代理店で営業職として働く40代の男性です。
毎日朝から晩まで顧客対応に追われ、出張やプレゼン資料の作成など、激務の連続。体調の変化は感じていたものの、年齢のせいだと深くは考えていなかったといいます。
そんなある日、外出先の駅で突然呼吸困難に陥り、救急搬送。診断結果は「拡張型心筋症による心不全」でした。
入院中に医師から「心臓のポンプ機能が著しく低下している」と告げられたとき、本人は「まさか自分が」という思いと、「もう営業には戻れないのでは」という恐怖感でいっぱいだったそうです。
医療スタッフの協力のもと、入院中は心臓リハビリや服薬治療に取り組み、退院後も在宅での体力回復と生活改善に専念。産業医や会社の上司とも連携し、段階的に仕事へ復帰していくステップを描き始めたといいます。
働き方を見直して得た、新しい仕事のスタイル
復帰までの準備期間中、最も重視したのは「無理のない働き方を設計すること」でした。
彼がまず選んだのは、在宅勤務からスタートすること。通勤による体力の消耗を避け、午前中のみの業務で身体にかかる負荷を調整しました。
復帰当初は週に2日の稼働。慣れてきた頃に週3日に増やし、やがて午前のみ→午後まで→フルタイムへと徐々にステップアップ。“一気に戻らない”という選択が、長く続けるためには非常に効果的だったと話しています。
また、仕事内容についても見直しを行いました。以前は顧客対応や外出業務が多かった営業職から、企画・資料作成・リモート会議対応といったデスクワーク中心の業務へとシフト。本人の体調に配慮した職務設計を、会社側が柔軟に対応してくれたことも大きな支えになったそうです。
生活習慣の徹底した見直しが、安定した日常を支える
彼が強調していたのは、「働く以前に、まず生活を整えることが大切だった」という点です。
退院後、最初に意識したのは食事の改善。医師の指導に基づき、塩分は1日6g未満に制限。外食を減らし、野菜と魚を中心とした自炊生活へ切り替えました。
また、毎日の体調管理として、朝晩の血圧・脈拍・体重をスマホアプリで記録。少しでも異常が見られた場合はすぐ休む習慣を身につけたそうです。
睡眠も同様に見直しました。以前は深夜まで働き、短時間睡眠で出社する日々だったそうですが、今では夜は23時までに就寝し、起床後は軽いストレッチと深呼吸で一日をスタート。この生活スタイルが定着してからは、体調の波も減り、心の余裕も生まれたといいます。
職場の理解とサポートが、復帰を後押しした
彼の職場復帰を支えたもう一つの大きな要因が、「職場の理解と協力」でした。
退院後、直属の上司と産業医との面談を設け、「現在の体調」「勤務可能な時間」「必要な配慮事項」を具体的に伝えたことで、職場側も積極的に対応。
「無理せず続けられる働き方を一緒に考えよう」と言ってもらえたことが、本人にとって何より大きな励みになったそうです。
その後も、週に一度の健康確認ミーティングを設けたり、業務量を定期的に調整する仕組みを導入するなど、**“働きながら体調を守る仕組み”**が自然と根付いていきました。
心不全を抱える方、そしてその家族へのメッセージ
最後に、彼が語ってくれたのは、これから職場復帰を目指す方やそのご家族に向けた、温かい言葉でした。
「最初は“もう働けない”と思いました。でも今は、以前とは違うけど、自分らしい働き方を見つけられています。
焦らないでください。病気を受け入れるところから、すべてが始まります。
自分の体を知って、信頼できる人に頼って、ゆっくりでも前に進めば、必ず道は開けます。」
また、家族の立場からも、「患者本人が無理をしないよう、声をかけてあげてほしい」とも話してくれました。本人は「大丈夫」と言いがちですが、そばで見守る家族のサポートが心の支えになるといいます。
この体験を通じて見えてきたのは、「病気=終わり」ではなく、「新しい働き方へのはじまり」であるということです。
心不全を抱えていても、自分に合った環境とペースを見つけ、職場や家族と力を合わせれば、仕事と治療は十分に両立できます。
この実例が、同じような悩みを持つ方の「希望」となり、安心して復帰の一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
心不全のある方が利用できる就労支援
心不全を抱えると、体力や体調の波、不安定な通院スケジュールなどにより、仕事との両立が難しく感じられるかもしれません。しかし、現代の日本には、病気や障害のある方が無理なく働けるよう、多様な就労支援制度が整備されています。
ここでは、心不全のある方が利用できる主な就労支援サービスを紹介し、それぞれがどのようなサポートを提供してくれるのかをわかりやすく解説します。支援制度を正しく知り、上手に活用することが、働くための大きな後押しになります。
ハローワーク
全国に設置されている「ハローワーク(公共職業安定所)」は、障害のある方に対しても専門的な就労支援を行っています。多くのハローワークには「専門援助窓口」や「障害者担当」が設けられており、心不全など内部疾患のある方にも以下のようなサポートを提供しています。
- 障害の特性に応じた求人紹介
- 通院や体力面を考慮した就業条件の相談
- 履歴書の書き方や面接対策の支援
- 職場実習やトライアル雇用の案内
- 障害者雇用納付金制度など企業向け支援の活用による就職機会の拡大
また、障害者手帳の有無に関わらず利用できる制度も多く、**「病気のことをどこまで開示すればよいか」「職場にどんな配慮を求められるか」**といったデリケートな相談にも対応してくれます。
地域障害者職業センター
「地域障害者職業センター」は、独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)が運営する専門機関で、より専門的な職業評価や職場適応訓練を提供しています。
心不全などの内部疾患を持つ方に対しては、
- 心身機能と作業能力を総合的に評価する「職業評価」
- どのような職種・働き方が向いているかの見極め
- 職場復帰プログラム(リワーク支援)の実施
- 働き続けるための「職場適応援助」(ジョブコーチ支援)
といった、きめ細かいサービスを受けることが可能です。特に、再発リスクが高く、通院を継続しながら仕事を続けたい方にとって、医療的配慮と職場環境の両立を支える実践的な支援が受けられる点が大きな魅力です。
障害者就業・生活支援センター(ナカポツセンター)
「ナカポツセンター」とも呼ばれるこの施設は、就業と生活の両面をサポートする地域密着型の支援機関です。医療機関や福祉事業所、企業と連携しながら、心不全を含むさまざまな疾患を持つ方が安心して地域社会で働き続けられるよう支援しています。
具体的には、
- 仕事と治療の両立に向けたアドバイス
- 通院スケジュールを考慮した就業計画の作成
- 医療機関との連携(主治医意見書の共有など)
- 職場定着のための定期訪問や相談支援
- 生活面の不安(住宅・金銭管理・食事など)にも対応
「仕事だけでなく、暮らしそのものが不安定」という方には特におすすめの機関です。
就労移行支援事業所
就労移行支援事業所は、障害者総合支援法に基づく福祉サービスのひとつで、**一般就労を目指す障害のある方(原則18歳~65歳)**が最大2年間、就職に向けた訓練を受けることができます。
心不全のある方にとっても、無理のない形で仕事の準備を進められる環境が整っており、
- ビジネスマナーやパソコンスキルの訓練
- 模擬面接・履歴書作成支援
- 就職活動の同行支援(企業訪問・面接同行など)
- 就職後の定着支援(定期的なフォロー面談)
- 疲労や息切れなど、体調に合わせた時間・負荷の調整
など、多面的なサポートが受けられます。
「すぐには働けないが、2年以内に就職を目指したい」「まずは体力や生活リズムを整えたい」という方には、非常に有効な選択肢です。
障害者雇用専門の求人サイト
近年では、障害者雇用に特化した求人サイトも数多く登場しています。これらのサイトでは、障害の種類や必要な配慮条件をもとに、マッチング精度の高い求人情報を提供しており、心不全など内部疾患の方にも利用しやすくなっています。
主な特徴として、
- 在宅勤務・時短勤務・通院配慮ありの求人が豊富
- 医療系・事務系など負担の少ない職種も多数掲載
- 担当者が履歴書添削や企業との調整を代行
- 定着支援あり(就職後も定期的な面談あり)
- 障害種別や配慮事項で絞り込み検索可能
など、働き方に制限のある方でも安心して求人を探せる仕組みが整っています。
👉 心不全のある方におすすめの障害者専門求人サイトはこちら:
障害者ナビ(https://s-jobnavi.jp/)
まとめ
心不全という診断を受けた後も、「働きたい」という想いをあきらめる必要はありません。体調や通院、生活スタイルに応じた働き方は、必ず見つかります。
本記事でご紹介したようなハローワークや地域支援機関、福祉サービス、専門求人サイトを活用すれば、自分に合った就労先と無理なく出会うことができます。
「どこから相談すればいいかわからない」という方は、まずは地元のハローワークやナカポツセンターに足を運んでみてください。そこから、医療や福祉との連携を通じて、あなたに合った就労の形がきっと見えてくるはずです。
無理のない一歩を踏み出し、自分らしい働き方を一緒に見つけていきましょう。