2025/10/28
  • お役立ち情報
  • 健康と生活の両立
  • 働き方・職場での工夫
  • 脳性麻痺 正しい知識

「進行しない」が故の課題|脳性麻痺と向き合い、長期就労を支える合理的配慮のすべて

1. はじめに|脳性麻痺は「進行しない」が故の誤解がある


問題提起:症状の安定がもたらす「見えない困難」

課題:「安定=配慮不要」という誤解の構造

脳性麻痺(Cerebral Palsy: CP)は、一般的に「症状が固定しており、病状は進行しない」という医学的認識があります。これは、病気そのものが悪化し続ける進行性の疾患(例:進行性筋ジストロフィー)とは異なる、大きな特徴です。

しかし、この「症状が安定している」という特性が、職場においてはかえって「見えない困難」を生み出す原因となります。多くの企業や上司は、「症状が固定しているならば、初期の配慮(例:エレベーターの使用許可)があれば、それ以上は特別なサポートは必要ない」と誤解しがちです。

必要なのは、この誤解を解き、「進行しない」からこそ、生涯にわたるサポート(予防的な合理的配慮)が不可欠であるという認識を持つことです。体力の消耗を防ぐための配慮が失われると、それが原因で二次的な健康問題を引き起こし、最終的に長期就労が困難になってしまうのです。

記事の結論:二次的痛みを防ぐ予防的配慮の重要性

脳性麻痺を持つ社員が長期的に安定して働くための鍵は、症状が悪化してから対処するのではなく、症状が悪化しないよう予防することにあります。

適切な合理的配慮とは、単に体力の消耗を防ぐだけでなく、二次的な痛み(腰痛、変形性関節炎など)を予防するための必須のインフラです。例えば、間違った姿勢で長時間座り続けることによる腰痛は、放置すれば重度の二次障害につながり、働く能力そのものを奪います。

本記事は、この「予防的配慮」の重要性を断言し、企業と当事者が共に取り組むべき具体的な戦略を提示します。

この記事で得られること

本稿を読み終えることで、読者は以下の知識と戦略を得ることができます。

  • 脳性麻痺の基礎知識と就労上の課題:病気の原因と、特につま先歩行左右の非対称性が就労に及ぼす影響のリアルな理解。
  • 当事者が求める具体的な配慮戦略:通勤や職場内の移動、そして姿勢(座位環境)の調整に関する、企業が今すぐ取り組める詳細な合理的配慮の具体例。
  • 長期就労を支えるための戦略:二次障害の予防に焦点を当てた、持続可能なキャリアのための環境整備の重要性。

2. 脳性麻痺の基礎知識:原因と症状の多様性


脳性麻痺の原因と「進行しない」ことの医学的意味

脳性麻痺(CP)は、出生前(胎児期)、出生時(分娩時)、または生後早期に起きた非進行性の脳の損傷が原因で、主に運動機能に永続的な障害が生じる状態を指します。

  • 非進行性: 医学的に重要なのは、この損傷自体は治癒しませんが、症状は固定されており、病状が進行性ではないという点です。これは、難病のように病態が時間とともに悪化し続けるわけではないことを意味します。
  • 症状の多様性: しかし、損傷した脳の部位や程度によって、症状の現れ方は非常に多様です。
    • 痙直型(けいちょくがた): 筋肉が常に緊張し、手足が突っ張るタイプが最も多く見られます。
    • アテトーゼ型: 意図しない不規則な動きが生じるタイプ。
    • 麻痺の範囲も、四肢麻痺(四肢すべて)、片麻痺(体の左右どちらか)、対麻痺(両下肢)など、個人差が非常に大きいため、必要な配慮も多岐にわたります。

就労に影響する主な身体症状と二次的課題

症状は進行しませんが、その固定された症状を基盤として、就労や日常生活に影響するさまざまな身体的課題が生じます。

就労への影響(体力の消耗と非対称性)

  • つま先歩行(尖足): 筋肉の緊張によりかかとが地面に着きにくく、つま先で歩く状態(尖足)になることがあります。これにより、健常者と比較して歩行時のエネルギー消費が大幅に増加し、業務開始前に既に強い疲労を感じている状態になりやすいです。
  • 左右の非対称性: 麻痺の影響で、左右の足の長さや筋力に違いが生じることがあります(例:5cm差など)。この身体の非対称性は、立位や座位の姿勢を歪ませ、慢性的な腰や股関節への負担となり、健常者以上の疲れやすさに直結します。

二次障害のリスク(進行性の痛み)

「進行しない」という言葉が誤解を生む最大の理由は、症状を放置した結果として「二次障害」が生じ、これが進行性であるという点です。

  • 進行性の疼痛: 不自然な姿勢や無理な動作を繰り返すことで、肩こり、変形性関節症、慢性的な疼痛(とうつう)といった、進行性の痛みが生じます。
  • 深刻さ: この二次障害こそが、脳性麻痺を持つ社員の早期離職の最大の原因となります。これは、症状自体は固定されても、その結果として生じた痛みが、働く能力を徐々に奪っていくためです。

企業が提供すべき合理的配慮は、この「進行性の二次的な痛み」を予防することに焦点を当てる必要があります。

3. 当事者の声:就労で直面する「見えない疲労」と誤解


Aさん(仮名)インタビュー:通勤と移動の課題のリアル

脳性麻痺を持つ社員が就労で直面する最大の壁は、周囲からその大変さが「見えにくい」ことです。一見、普通に歩いているように見えても、内側では健常者を遥かに上回る体力を使っています。

Aさんの声:

「私の場合はつま先歩行(尖足)が強いため、一歩踏み出すのに健常者の2倍以上のエネルギーを消費している感覚です。会社に着いた時点で、もう業務開始前の疲労困憊の状態です。職場内のちょっとした移動、コピー機まで歩くだけでも、一日の終盤には腰や股関節に強い痛みが出ます。そのため、長時間の立ち仕事はもちろん、急いで移動すること自体が非常に難しいのです。」

通勤ストレスと体力の消耗

特に首都圏などの都市部での通勤は、業務開始前に体力を大きく削る要因となります。

  • 満員電車でのバランス保持の困難さ:麻痺の影響で体が不安定なため、揺れる満員電車でバランスを保持することが極めて難しく、常に緊張を強いられます。
  • 関節への負荷:長時間の乗車や立ちっぱなしは、不自然な姿勢(代償動作)を強い、腰や股関節への慢性的な負荷となります。この疲労と負荷の蓄積が、日中の業務パフォーマンスを低下させる隠れた原因です。

「通院がない」からこそ生まれる職場での誤解

脳性麻痺は症状が「非進行性」であるという医学的な特性から、職場では以下のような誤解が生じやすい傾向があります。

Aさんの声:

「『病状が固定しているため、通院がない=元気』と誤解されがちです。たしかに病気自体を治すための『治療』は頻繁ではありません。しかし、症状が悪化しないようにするための慢性的な腰痛や疲労予防のために、理学療法(リハビリ)や接骨院への通院は欠かせません。これらは『仕事をするためのメンテナンス』なのですが、周囲には理解されにくいのが現状です。」

企業側の認識:「治療」と「予防・メンテナンス」の違い

企業が長期就労を支援するためには、この「治療」と「予防・メンテナンス」の違いを理解することが重要です。

  • 「治療」:病気や怪我を治す行為(例:進行性の病気の投薬)。
  • 「予防・メンテナンス」:症状の悪化や二次的な痛み(二次障害)を防ぐ行為(例:リハビリ、姿勢調整、ストレッチ)。

脳性麻痺の場合、通院の多くは後者に該当します。企業は、社員がリハビリやメンテナンスのために通院することに対し、柔軟な時間の確保(時差出勤、時間単位有給の利用など)を認めることが、結果として長期的な就業安定というメリットとなって返ってくることを理解すべきです。

4. 企業が提供すべき「姿勢・移動」に関する具体的配慮 


企業側が知るべき「予防的配慮」の原則

脳性麻痺を持つ社員の就労安定化において、最も重要なのは「予防」の視点です。症状が固定しているからこそ、その症状によって生じる二次的な健康問題(二次障害)を防ぐための配慮が、企業の最も賢明な投資となります。

  • 長期就労への投資: 症状が悪化しないよう、痛みや二次障害が出る前の予防に焦点を当てた配慮を行うことが、結果的に休職や離職を防ぎ、長期就労へ繋がる最も確実な道です。
  • 安全配慮義務: 企業には、社員が安全かつ健康に働ける環境を提供する安全配慮義務があります。「進行しない」からといって、身体に過度な負担がかかる環境を放置し、その結果二次的な痛みを発生させた場合、企業の責任が問われる可能性があります。二次的な痛みを発生させないことが、この義務を果たすことにつながります。

必須の合理的配慮(姿勢・物理的環境の調整)

身体の非対称性や麻痺の影響を軽減し、長時間安定して業務に集中できる環境を物理的に整備します。

座位環境の調整

デスクワークが中心の場合、不適切な座位環境は二次障害の直接的な原因となります。

  • 昇降デスク・高機能チェアの導入: 左右の足の長さや体幹の歪みに合わせ、座面の高さや角度、デスクの高さをミリ単位で調整できる昇降デスクや、多機能な高機能チェアの導入が不可欠です。
  • 身体の歪みを補正する機器の提供: 身体の歪みを補正し、特定の部位に体圧が集中するのを防ぐための、特注のクッションや足台(フットレスト)の提供も検討します。

移動・動作の配慮

職場内の移動による無駄な疲労や転倒リスクを最小限に抑えます。

  • 職場内の移動を伴う業務の制限: つま先歩行などによる疲労を考慮し、書類運搬、複数フロアをまたぐ頻繁な作業といった、移動負荷の大きい業務は制限するか、他の社員に割り振ります。
  • 日常的な動線上のバリアフリー化: トイレ、給湯室、オフィス入口など、日常的な動線上に急な段差や滑りやすい床がないかを確認し、バリアフリー化を徹底します。

必須の合理的配慮(時間・制度的調整)

疲労の回復と、二次障害予防のためのメンテナンス時間を確保するための制度的な柔軟性が求められます。

疲労への配慮と休息

  • 休憩時間の柔軟な取得: 健常者よりも体力の消耗が激しいため、法定の休憩時間とは別に短時間・高頻度での休憩を許可します。これにより、疲労を蓄積させる前に小まめにリフレッシュできます。

リハビリのための時間確保

  • 通院(リハビリ)のための時間確保: 病状の悪化を防ぐためのリハビリや接骨院への通院は「治療」ではなく「メンテナンス」です。これを通院のために、時差出勤の許可や、時間単位有給を柔軟に利用できる制度を整えます。

情報伝達の効率化

  • 情報伝達の視覚化: 脳性麻痺は聴覚や言語機能に影響がない特性が多いですが、疲労が蓄積した状態では、情報処理能力が低下します。そのため、業務指示を視覚的にわかりやすくする工夫(具体的なチェックリスト、作業手順のマニュアル化)を導入し、確認の負荷を軽減します。

5. 脳性麻痺を持つ社員の「強み」とキャリア戦略


活かせる強み:緻密な集中力と高い自己管理能力

脳性麻痺を持ちながら社会で活躍する社員は、その困難を乗り越える過程で、企業が求める非常に強力なビジネススキルを身につけています。

  • 自己管理能力と問題解決能力: 日々の生活の中で、健常者なら意識しないような動作(移動、着替え、姿勢の維持)にも計画と努力が必要です。このため、困難を乗り越え、日々の体調を管理してきた経験から、高い計画性予期せぬトラブルへの問題解決能力が培われています。これらの能力は、プロジェクト管理や業務改善の場面で非常に高く評価されます。
  • 集中力と安定性: 身体的な制約から、体力的な負担が少ない定型業務やデスクワークに集中する時間が長くなります。この環境下では、高い集中力と正確性を発揮する傾向があります。特に、マニュアルに基づいたデータ入力、資料作成、品質チェックなど、緻密さが求められる業務で強みとなります。

長期就労のためのキャリアの選択肢

脳性麻痺を持つ社員が長期就労を実現するためには、その特性上、身体的な負担を最小限に抑え、強みである集中力を活かせる職種を選ぶことが戦略的に重要です。

  • 体力的な負担の回避とキャリアチェンジ: 長時間の立位・歩行を伴う業務は、二次的な痛みを招くリスクが高いです。そのため、デスクワークが中心の職種へのキャリアチェンジが主流となります。具体的には、IT(プログラミング、システム検証)、経理、データ分析、設計(CADなど)といった、専門性が高く、身体負荷の少ない職種が理想的です。
  • テレワークの有効活用: 通勤ストレスの解消は、二次的な疲労を防ぐ上で最も重要な合理的配慮の一つです。自宅で休息を取りながら、体調の波に合わせて勤務時間を調整できるテレワーク(在宅勤務)は、脳性麻痺を持つ社員にとって最も理想的な合理的配慮の一つです。企業はテレワーク制度を積極的に活用することで、優秀な人材の離職率を大幅に下げることが可能です。

6. まとめ|「固定化された特性」への柔軟な対応


記事の要約:予防的な配慮が企業の安定に繋がる

本コラムの結論は、脳性麻痺は「進行しない」という特性があるからこそ、二次的な痛みを予防するための生涯にわたる配慮が不可欠であるという点です。

  • 予防が鍵: 身体の非対称性や移動の困難から生じる疲労や二次的な痛み(腰痛、関節炎)を防ぐための「姿勢・移動」に関する物理的・時間的配慮(昇降デスク、柔軟な休憩制度、リハビリ通院の容認)は、単なる優遇措置ではありません。
  • 企業の安定への貢献: この予防的な配慮への投資こそが、社員の体調悪化による欠勤や休職を防ぎ、定着率を上げ、企業の安定的な生産性を支える鍵となるのです。

読者へのメッセージ:共創と勇気ある一歩

脳性麻痺を持つ社員の長期就労の実現には、企業と当事者の双方による「共創」が不可欠です。

企業へのメッセージ

脳性麻痺のような「固定化された特性」への対応は、一度仕組みを構築すれば、その効果は長期的に機能します。

昇降デスクや柔軟な休憩制度、リハビリ通院を許可するといった「仕組みへの投資」は、社員の能力を最大限に引き出し、結果として「この会社なら長く働ける」と優秀な人材を惹きつける、揺るぎない魅了となります。

当事者へのメッセージ

職場での信頼を獲得し、安定したキャリアを築くためには、主体的な情報開示が重要です。「病状が安定しているから大丈夫」と無理をせず、「リハビリ通院は二次障害予防に不可欠」「午後の疲労軽減のため休憩を増やしたい」といった必要な配慮を具体的に伝える勇気を持つことが、自身の健康を守り、キャリアを安定させるための最も重要な第一歩であると強くお勧めします。

投稿者プロフィール

八木 洋美
自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。
  • バナー