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「パワハラ」か「指導」か?障害者社員への適切なフィードバックと、周囲の納得感を引き出す対話の技術

この記事の内容
はじめに:指導の「迷い」がチームに歪みを生む

障害者雇用を進める現場で、今、多くのリーダーが人知れず抱えている悩みがあります。それは、「どこまで厳しく指導してよいのか」という線引きです。
ミスを指摘しただけで「それは障害への配慮が足りない」と反論されるのではないか、強く注意したら「パワハラ」と言われるのではないか……。こうした恐怖心から生まれる「指導の迷い」は、現場に深刻な歪みをもたらします。
現場リーダーのジレンマ:パワハラのリスクと、指導不足による業務遅滞
現場の責任者は、常に板挟みの状態にあります。
- 一方では: 労働法やハラスメント指針を遵守し、障害特性に配慮した「優しい管理」を求められる。
- もう一方では: 納期や品質を守るため、ミスを修正し、生産性を維持しなければならない。
このジレンマの結果、多くのリーダーが選んでしまうのが「過度な遠慮」です。本来指摘すべきミスを目にこぼし、フォローという名目でリーダー自らが仕事を抱え込む。しかし、この状態は長くは続きません。やがて業務は滞り、リーダーは疲弊し、チーム全体に閉塞感が漂い始めます。
障害者雇用における「放置」は、配慮ではなく「機会の剥奪」である
私たちは明確に認識する必要があります。「言っても無駄だから」「傷つけたくないから」と指導を諦めることは、配慮ではありません。
それは、本人が仕事を通じて成長し、自立するチャンスを奪う「機会の剥奪」です。改善すべき点を伝えられないまま放置された社員は、いつまでも「本当の戦力」になることができず、社内での立ち位置も不安定なままになります。適切なフィードバックこそが、本人の職業人としての尊厳を守ることに繋がります。
本記事の結論:「人格」ではなく「行動」に焦点を当てることで、指導は成立する
では、パワハラを避けながら効果的な指導を行うにはどうすればよいのか。その答えは、「人格(性格や特性)」と「行動(具体的な仕事の進め方)」を切り分けることにあります。
「あなたが悪い」という人格否定ではなく、「この行動を、次はこう変えてほしい」という具体的なアクションの修正に徹すること。この視点を持つだけで、指導の心理的なハードルはぐっと下がり、法的リスクを回避しながら建設的な対話が可能になります。
1.パワハラと「適切な指導」を分ける法的・実務的境界線
「パワハラを恐れて何も言えない」状態を脱するには、まず何がパワハラで、何が正当な指導なのかという「法的ルール」を正しく知ることが不可欠です。
厚生労働省の定義から読み解く、パワハラの3要素
厚生労働省の指針では、以下の3つの要素をすべて満たすものがパワーハラスメントと定義されています。
- 優越的な関係を背景とした言動: 上司から部下へなど、拒絶しにくい立場を利用したもの。
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの: 社会通念上、明らかに「やりすぎ」な言動。
- 労働者の就業環境が害されるもの: 身体的・精神的な苦痛を与え、仕事に支障が出ること。
逆に言えば、「業務上必要」であり、伝え方が「相当な範囲(常識の範囲内)」であれば、それは正当な指導であり、パワハラにはあたりません。
障害者社員への指導で「パワハラ」と認定されやすいケース
障害者雇用の現場において、特に注意が必要なのは「精神的な攻撃」の境界線です。
「特性を否定する言葉」や「他人の前での叱責」は高リスク
以下のような言動は、たとえ指導のつもりでもパワハラと認定されるリスクが極めて高くなります。
- 特性の否定: 「自閉症だから気が利かないんだ」「何度言ったら覚えるの(記憶の弱さへの攻撃)」といった、障害特性そのものを責める発言。
- 見せしめ的な叱責: 他の社員が見ている前で大声で怒鳴りつける行為。
- 孤立させる: 指導と称して、一人だけ別室に隔離したり、仕事を与えなかったりする行為。
合理的配慮と「業務命令」のバランスをどう取るか
「合理的配慮」は、本人が働く上での障壁を取り除くためのものであり、「業務の質や目標を放棄していい」という権利ではありません。
- 配慮: 「指示は口頭ではなく、チャットで送る(ASD特性への配慮)」
- 指導(業務命令): 「チャットで送った指示に対し、期限までに成果物を出してください。出せない場合は事前に相談してください」
このように、「配慮という補助具」を提供した上で、その結果(成果)については毅然と指導を行う。この切り分けができていれば、リーダーは法的な不安を感じることなく、自信を持って指導にあたることができます。
2.納得感を高めるフィードバック技法「SBI型」と「アイ・メッセージ」

「指導=叱る」と考えてしまうと、どうしても語気が強まり、感情が乗ってしまいます。リーダー自身の感情をコントロールし、相手が受け入れやすい「情報の形」に整えて届けるためのフレームワークを紹介します。
感情を切り離し、事実を伝える「SBI(状況・行動・影響)」モデル
SBIモデルとは、以下の3つのステップでフィードバックを構成する手法です。これにより、「人格」を攻撃せず、「現象」を伝えることができます。
- S(Situation:状況): いつ、どこで起きたことか。
- B(Behavior:行動): 何をしたのか(客観的な事実)。
- I(Impact:影響): その結果、周囲や業務にどのような影響が出たか。
具体的指導例:遅刻した社員に「やる気があるのか」ではなく「影響」を説く
精神障害があり、朝の体調管理に苦戦している社員が遅刻した場合、つい「やる気がないのか!」と感情的になりがちですが、SBIモデルではこう伝えます。
「今朝の9時(S)、始業時間を15分過ぎて出勤しましたね(B)。その結果、あなたの担当する電話対応を他の社員が代わりに行い、彼らの作業が止まってしまいました(I)。次はどうすれば防げるか、一緒に考えましょう」
「叱る」を「相談」に変える:特性に応じた伝え方のカスタマイズ
障害特性によって、「情報の受け取りやすさ」は異なります。相手の「特性の取扱説明書」に合わせた微調整(カスタマイズ)を行うことが、納得感への近道です。
ASD特性には「具体的数値」で、ADHD特性には「その場」でフィードバック
- ASD(自閉スペクトラム症)特性の方へ: 「もっと早く」「丁寧に」といった曖昧な言葉は通じません。「9時ちょうどにデスクに着く」「誤字脱字を0にする」など、具体的な数値や期限を伝えます。また、「アイ・メッセージ(私は〜と感じる)」を使い、「あなたが時間を守ってくれると、私は助かる」と主観を添えることで、意図を補完します。
- ADHD(注意欠如・多動症)特性の方へ: 時間が経つと記憶が曖昧になりやすいため、「その場(直後)」で短くフィードバックを行うのが鉄則です。1週間前のミスをまとめて指摘するのは避け、小さな改善点を都度伝えていく方が、本人の脳に定着しやすくなります。
3.「周囲の不満」を解消する:チーム全体の納得感を引き出す技術
障害者雇用の現場において、リーダーが最も頭を悩ませるのが「周囲の社員からの不満」です。一部の社員だけに配慮を行うことが、他のメンバーには「不公平な特別扱い」と映り、チームの士気を下げてしまうことがあります。この不満を解消するには、感情論ではなく「情報の透明性」が鍵となります。
なぜ同僚は「不公平感」を抱くのか?配慮の「理由」が見えない不透明さ
同僚が抱く不満の正体は、多くの場合、障害そのものへの嫌悪感ではなく、「なぜあの人だけが許されるのか」という理由がわからないことへのストレスです。
- 「自分たちは残業しているのに、なぜあの人は定時で帰るのか」
- 「自分たちは電話応対をしているのに、なぜあの人は免除されるのか」
こうした疑問が放置されると、「楽をしている」という誤解が生まれ、現場での人間関係に亀裂が入ります。
特性をオープンにするか、しないか。本人と合意形成する「共有の範囲」
周囲の理解を得るためには情報の開示が必要ですが、そこには「プライバシーの保護」という高いハードルがあります。ここで重要なのは、リーダーが勝手に判断せず、本人と「誰に、何を、どこまで伝えるか」を事前に徹底して話し合っておくことです。
- 診断名は伏せ、特性だけを伝える: 「自閉症です」と言う必要はありません。「耳からの情報処理が苦手なので、指示はチャットで行います」と、業務上の「やり方」として共有します。
- メリットを強調する: 「彼に集中できる環境を作ることで、チーム全体のミスを減らすためです」と、チーム全体の利益に結びつけて説明します。
「あの人だけの特別扱い」を「チームを回すための合理的調整」へ再定義する
リーダーが発信するメッセージを、「弱者への優しさ」から「生産性を最大化するための戦略的な調整」へとアップデートしましょう。
例えば、聴覚過敏のある社員にノイズキャンセリングヘッドホンの着用を認める場合、それは「わがままを許している」のではありません。「環境を整えることで、彼が本来持つ高い集中力を発揮し、業務を完遂してもらうための手段」です。
このように、「配慮=業務遂行のための道具(インフラ)」として再定義し、チーム全体に共有することで、「不公平感」は「適材適所のマネジメント」としての納得感へと変わっていきます。
4.指導記録(ログ)がリーダーと社員の双方を守る
「熱心に指導したつもりが、パワハラと言われてしまった」「配慮していたつもりだが、放置されていると不満を持たれた」。こうした不幸な食い違いを防ぐ唯一の手段は、客観的な「記録(ログ)」を残すことです。記録は単なる管理業務ではなく、リーダー自身の誠実さを証明し、社員の成長軌跡を可視化する「守りの盾」であり「攻めの矛」となります。
面談記録の重要性:どのような指導を、どのような意図で行ったか
指導の現場では「言った・言わない」の論争が最もリスクとなります。特に記憶の保持に特性がある社員や、被害的に受け止めやすい状態にある社員の場合、その場の空気感だけで会話を終えるのは危険です。
- 何を記録すべきか: 日時、場所、指導の具体的な内容(前述のSBIモデルに基づく事実)、そして「どのような配慮に基づき、どのような成長を期待して伝えたか」というリーダー側の意図をセットで残します。
- 共有のメリット: 記録を本人にも(メールや共有ドキュメントで)共有することで、「自分のことを正しく見てくれている」という信頼感に繋がり、認識のズレをその場で修正できます。
定期的な「振り返り面談」による、期待値のすり合わせ
ミスをした時だけ呼び出す「呼び出し指導」は、本人に強い恐怖心を与えます。これを防ぐには、週に一度や月に一度の「定期的な振り返り面談」をルーチン化することです。
この場では、できなかったことだけでなく、「できていること」を明確に言語化して伝えます。会社側が期待している基準と、本人が感じている手応えの「期待値のすり合わせ」を継続することで、急なパニックや不信感による離職を防ぐことができます。
産業医やジョブコーチを「第三者の目」として巻き込むリスク分散術
リーダー一人が「指導の正当性」を抱え込む必要はありません。特に判断に迷う難しい局面では、積極的に第三者を巻き込みましょう。
- 産業医・公認心理師: 「この指導内容は、本人の現在のメンタル状況に照らして適切か?」という医学的・専門的アドバイスをもらいます。
- ジョブコーチ(外部支援員): 企業と本人の間に立ち、中立的な立場で「現場の指示が本人にどう伝わっているか」を通訳してもらいます。
第三者が関与しているという事実そのものが、「組織として適切かつ慎重にプロセスを踏んでいる」という証拠になり、ハラスメントリスクを大幅に低減させます。
5.企業事例:オープンな対話で「強いチーム」を作った現場

「現場の規律」が重視される製造業やサービス業において、障害者社員への指導を巡る葛藤は深刻です。しかし、一部の企業では「対話の技術」を取り入れることで、ハラスメントのリスクを回避するだけでなく、チーム全体の結束力を高めることに成功しています。
事例:製造ラインでのミス指導を「責める」から「仕組み改善」へ転換した話
ある自動車部品メーカーの現場で起きた事例です。軽度の知的障害がある社員が、ピッキング作業で何度も同じミスを繰り返していました。
- かつての状況: 班長は「なぜ何度言ってもできないのか!」と感情的に叱責し、本人は萎縮。周囲の社員も「また彼がミスをした、自分たちの作業が増える」と不満を募らせ、チームの空気は最悪でした。
- 転換した対話: 班長は指導の矛先を「本人の注意不足」から「作業環境の不備」へと変えました。「君を責めているのではなく、ミスが起きるこの棚の配置を直したい。どこで迷うか教えてほしい」と相談ベースで対話を開始。
- 結果: 棚に色別のマークをつけるという具体的な「仕組み」を導入。ミスが激減しただけでなく、他の若手社員からも「分かりやすくなった」と歓迎され、班長は「指導とは個人を叩くことではなく、現場を良くすることだ」とチーム全体に示しました。
事例:サービス業での「不公平感」を、役割の明確化で解消した店長の工夫
飲食店で、発達障害(自閉スペクトラム症)のある社員がホールスタッフとして働いていた事例です。
- 課題: 彼は接客中の「空気を読んだ柔軟な対応」が苦手でした。店長が彼にだけ接客を免除し、裏方の清掃や仕込みをメインにさせたところ、他のスタッフから「接客の負担が自分たちだけに偏っている」と不満が噴出しました。
- 工夫: 店長はスタッフ全員を集め、「個々の得意・不得意に基づいた役割分担の最適化」についてオープンに話しました。「彼は臨機応変な接客は苦手だが、マニュアル化された清掃や在庫管理の精度は誰よりも高い。彼が完璧に裏方をこなすことで、みんなが接客に集中できる環境を作りたい」と説明。
- 結果: 役割が明確になり、彼が裏方で高いパフォーマンスを発揮してチームに貢献していることが可視化されると、周囲の「不公平感」は「信頼」に変わりました。
6.まとめ|正しい指導は、最高の「合理的配慮」である
「障害があるから厳しくしてはいけない」という思い込みは、本人を成長の場から遠ざけ、チームに不協和音を生むリスクを孕んでいます。ハラスメントを恐れて沈黙するのではなく、特性を理解した上で、業務遂行に必要な「正当な要求」を伝え続けること。この誠実な姿勢こそが、障害者雇用における究極の配慮となります。
総括:信頼関係の基盤は、適正な評価と誠実なフィードバックにある
障害者社員が求めているのは、過剰な特別扱い(甘やかし)ではなく、一人の「戦力」として認められ、適切に評価されることです。
- 良い点は具体的に褒める: 「いつも助かっている」ではなく「この作業をミスなく終えてくれたので、後工程がスムーズに進んだ」と事実で称賛する。
- 改善点は事実で伝える: 人格を否定せず、SBIモデルに基づいた「行動の修正」を促す。
この積み重ねが、「このリーダーは自分のことを正しく見て、真剣に育てようとしてくれている」という強固な信頼関係を築きます。正当な評価と誠実なフィードバックがある職場こそが、障害のある方にとって最も「心理的安全性が高い」場所となるのです。
最後に:現場のリーダーが一人で抱え込まない体制づくりを
現場を支えるリーダーの皆様は、日々、生産性と多様性の間で必死にバランスを取っています。その努力をリーダー個人の資質や忍耐に依存させてはいけません。
会社として「指導のガイドライン」を明文化し、人事部や産業医、外部支援機関と連携できる「チーム・マネジメント」の体制を整えることが、ハラスメントリスクを最小化し、障害者雇用の定着率を最大化する唯一の道です。指導に迷ったときは、ぜひ周囲に、そして私たち専門家に相談してください。共に「言える・言える・変われる」現場を創っていきましょう。
投稿者プロフィール
- 自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。







