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精神・発達障害者への「指示出し」4つの鉄則|ミスが激減するコミュニケーションの技術

この記事の内容
はじめに:なぜ「いつも通り」の指示が伝わらないのか?

「適当にやっておいて」「なるべく早くお願い」。 日本の職場で日常的に使われるこれらの言葉が、精神・発達障害のある部下にとっては、解読不能な「暗号」に聞こえているかもしれません。
現場で「何度言っても伝わらない」と悩むリーダーの多くは、本人の能力不足を疑いがちですが、実はその原因の多くは「指示の解像度」にあります。
「空気を読む」「行間を読む」ことの難しさ
発達障害、特に自閉スペクトラム症(ASD)などの特性を持つ方は、言葉を文字通りに受け取る傾向が強く、文脈から相手の意図を察したり、曖昧な指示を自分なりに補完したりすることが苦手な場合があります。
「いつも通り」という言葉一つとっても、「前回のやり方」なのか「マニュアルの標準」なのか、それとも「今の状況に合わせたベスト」なのか。行間を読むことが得意な人には自明なことも、特性を持つ方にとっては「どれが正解か分からない」という不安とパニックの種になってしまうのです。
記憶の特性(ワーキングメモリ)による情報の取りこぼし
また、ADHD(注意欠如・多動症)などの特性を持つ方の中には、脳内で一時的に情報を保持する「ワーキングメモリ」の容量に偏りがある場合があります。
口頭で「Aをやって、次にB、終わったらCも……」と立て続けに指示を出すと、脳内のバケツから情報が溢れ出し、最後の指示しか残らなかったり、情報の優先順位が逆転してしまったりします。これは「やる気」の問題ではなく、脳の**「情報処理のキャパシティ」**の問題なのです。
指示の出し方を変えるだけで、ミスは「仕組み」で防げる
こうしたミスが起きた際、本人に「もっと注意して」と精神論を説いても解決には至りません。大切なのは、個人の努力に依存するのではなく、「誰が聞いても誤解のしようがない指示出しの仕組み(ユニバーサル・デザイン)」を導入することです。
これから紹介する4つの鉄則を実践すれば、現場のストレスは劇的に軽減し、彼らは驚くほどの正確性と集中力を発揮し始めます。
1.鉄則①:曖昧さを排除し、すべてを「数値化」する
精神・発達障害のある方、特に「言葉を文字通りに受け取る」特性がある方にとって、日本の職場に溢れる形容詞や副詞は非常に難解です。ミスを減らすための最初の一歩は、主観的な表現をすべて客観的な「数値」に置き換えることです。
「早めに」「多めに」「適当に」を禁止用語にする
これらは指示を出す側の「さじ加減」に依存する言葉であり、受け取り手によって解釈が大きく分かれます。
- 「早めに」: 出す側は「10分以内」のつもりでも、受け手は「今日中」と思うかもしれません。
- 「多めに」: 「予備を3個」なのか「いつもの倍」なのか判断できません。
- 「適当に」: 最も危険な言葉です。「ほどよく(適切に)」という意味なのか「手を抜いて(投げやりに)」という意味なのか分からず、思考が停止してしまいます。
現場ではこれらの言葉を「禁止用語」とし、誰が聞いても同じ量・時間をイメージできるように言い換えます。
締切は「〇時〇分まで」、量は「〇個」と明確に指定する
指示の中に必ず「具体的な数字」を組み込みます。数字は文化や特性を超えた「共通言語」だからです。
- ×ダメな例: 「この書類、なるはやでコピーしておいて」
- 〇良い例: 「この書類を10分以内に、20部コピーして、私のデスクに置いてください」
このように「時間」「数量」「場所」を数字と固有名詞で指定することで、本人は迷うことなく作業に集中できるようになります。
優先順位も「1、2、3」と番号を振るだけで、迷いが消える
複数のタスクを依頼する場合、「全部大事だから」という伝え方はNGです。優先順位を判断すること(実行機能)に課題がある場合、どれから手をつけていいか分からずフリーズしてしまうからです。
指示を出す際は、必ず「優先番号」を振ってください。
- 〇〇の入力(最優先:11時まで)
- △△のシュレッダー(13時から開始)
- □□の清掃(15時以降、時間が余ったら)
このように「やる順番」が数字で示されているだけで、本人の心理的ストレスは劇的に軽減され、作業のスピードも向上します。
2.鉄則②:耳からの情報に頼らず「視覚化」を徹底する

精神・発達障害のある方の中には、「耳で聞いた情報を一時的に保持し、頭の中で整理する」という処理が苦手なタイプの方が多くいらっしゃいます。口頭だけの指示は、いわば「空中に書いた文字」のようなもので、言ったそばから消えていってしまいます。
脳内での「音声変換」には限界がある
私たちは無意識に、聞いた言葉を脳内で映像や意味に変換して理解していますが、この変換プロセスに非常に大きなエネルギーを消費する特性を持つ人がいます。
一度に複数のことを口頭で伝えると、情報の交通渋滞が起き、重要なキーワードが抜け落ちたり、順序が入れ替わったりしてしまいます。これが「返事はいいけれど、動いてみると間違っている」という現象の正体です。
メモ、チャット、指示書……必ず「残る形」で伝える
指示を出す側は、「口頭だけで済ませない」ことを徹底しましょう。視覚情報は脳に定着しやすく、後から見返すことができる「安心感」を与えます。
- チャットツールの活用: SlackやTeamsなどで、指示内容をテキストとして送る。
- ホワイトボードの利用: 立ち話での指示であっても、その場で要点をメモに書いて渡す。
- 指示書の定型化: 繰り返す業務については、あらかじめ項目を埋めるだけの「指示書フォーマット」を用意しておく。
写真や動画を活用した「OK・NG例」の提示が、最も伝わる
「きれいに並べて」「丁寧に掃除して」といった主観的な言葉は、写真1枚で解決します。
- 「完成形」の写真: 書類の綴じ方や、備品の並び順の正解を写真で掲示する。
- 「NG例」との比較: 陥りやすいミスを「これはダメ」という写真と共に並べることで、直感的に理解を促します。
- 15秒の動画マニュアル: 複雑な手の動きが必要な作業は、スマホで撮った短い動画を見せるのが最も効果的です。
「言葉で10分説明するより、写真1枚を見せるほうが確実」という意識を持つだけで、教える側の工数も、教わる側の不安も大幅に削減されます。
3.鉄則③:工程を細分化し、一度に伝える情報を絞る
「これをお願い。あ、ついでにこれも。終わったらあっちの確認もしておいてね」という連続した指示は、ワーキングメモリ(脳のメモ帳)に過度な負荷をかけ、思考停止を招きます。ミスを防ぐには、情報の「量」と「密度」をコントロールする必要があります。
複雑な指示はパニックの元。1アクション・1メッセージ
一つの文章に複数の指示を盛り込む(「〇〇をコピーして、ホチキスで留めてから、会議室Aに10時までに持っていって」など)のは避けましょう。これを「1アクション・1メッセージ」に分解します。
- 書類を20部コピーする
- 左上をホチキスで留める
- 会議室Aに運ぶ
このように、やるべき動作を一つずつ切り出すことで、脳内での処理がシンプルになり、実行のハードルが劇的に下がります。
全体像(ゴール)を最初に見せ、ステップを切り分ける
一方で、バラバラな指示だけでは「今、自分は何のためにこれをやっているのか」という全体像が見えず、不安になる方もいます。
まず最初に「最終的なゴール(完成形)」を提示し、その後にそこへ至るまでの「スモールステップ(小分けにした工程)」を説明する順序を徹底してください。「パズルの完成図を見てから、ピースを一つずつはめていく」イメージです。
ワーキングメモリへの負荷を最小限にする「チェックリスト」の活用
「覚える」ことに脳のエネルギーを使わせないために、チェックリストは最強の武器になります。
- 記憶の外部化: 「次に何をやるか」を脳の中に置いておくのではなく、紙や画面の上に置いておけるようにします。
- 達成感の可視化: 終わった項目にチェックを入れるという行為そのものが、「自分は正しく進んでいる」という安心感と達成感(報酬系)を生み、モチベーションを安定させます。
「一度にたくさん言わない。終わるまで次のことは言わない」。この忍耐強い情報の小出しが、結果として最短でミスなく業務を完遂させる近道となります。
4.鉄則④:理解の確認は「復唱」ではなく「実演」で
指示を出した最後に「分かりましたか?」と聞き、「はい、分かりました」と返ってくる。このやり取りだけで安心するのは禁物です。この言葉の裏には、「質問の仕方が分からない」「早く作業に入らなければと焦っている」といった心理が隠れていることが多いからです。
「分かりました」という言葉は、必ずしも理解を意味しない
精神・発達障害のある方の中には、相手の期待に応えようとするあまり、不十分な理解のまま「はい」と答えてしまう(迎合)性質を持つ方がいます。また、本人の中では「自分なりに」理解していても、それが指示側の意図とズレていることも多々あります。
「分かりました」は理解の完了ではなく、単なる「返事」として捉えるのが、トラブルを防ぐリーダーの心得です。
本人の口から「まず何をやるか」を説明してもらう
理解度を確かめる最も効果的な方法は、「自分の言葉で説明し直してもらう(リフレクション)」ことです。
- 聞き方のコツ: 「どうすればいいか言ってみて」と問い詰めるのではなく、「認識を合わせたいので、まず最初に何をやるか教えてもらえるかな?」と優しく促します。
- ズレの発見: 説明してもらうことで、「あ、そこは2部じゃなくて20部だよ」といった初期段階での認識違いを、作業開始前に修正できます。
最初の1回を目の前でやってもらい、微修正をその場で行う
説明ができても、いざ体を動かすと手順が抜けることがあります。そこで、「最初の1個(1回)」を目の前で実演(テスト)してもらいましょう。
- 見守る: 最初の動作を最後まで手を出さずに見守ります。
- その場で調整: ミスがあれば「今のところは、こうするともっと楽だよ」と、記憶が鮮明なうちに肯定的なトーンで修正します。
- 合格を出す: 「今のやり方で完璧。この通りに続けてね」とOKを出すことで、本人は自信を持って作業を継続できます。
この「実演での確認」に5分かけるだけで、後に発生するかもしれない数時間のやり直し(手戻り)のリスクをゼロに近づけることができるのです。
5.さらに一歩進んだ「マニュアル作成」のポイント

指示出しの鉄則を理解した次は、それらを「仕組み」として定着させるマニュアル作りです。障害のある社員にとってのマニュアルは、単なる手順書ではなく、職場で自分を守り、力を発揮するための「地図」となります。
「なぜこの作業が必要か」という理由(意味付け)を添える
手順だけを並べると、想定外の事態が起きた際に応用が利かなくなります。作業の「目的」を記すことで、重要度の判断を助けます。
- ×手順のみ: 「封筒の口をしっかり糊付けする」
- 〇理由を添える: 「中身が落ちないように、封筒の口をしっかり糊付けする。個人情報が含まれるため、隙間がないか確認する。」
「なぜそうするのか」という納得感(意味付け)があることで、記憶に定着しやすくなり、一つひとつの動作に対する責任感も生まれます。
トラブルが起きた時の「相談窓口」と「フレーズ」を明文化する
精神・発達障害のある方が最もパニックになりやすいのは、「マニュアルにないことが起きたとき」です。あらかじめ「困ったときのフロー」を決めておきます。
- 相談の「宛先」を固定する: 「分からないときは、佐藤さんに聞いてください」
- 相談の「言葉」を用意する: 「『今お時間よろしいでしょうか。マニュアルの〇番が分かりません』と言いましょう」
このように、話しかけるタイミングや定型文(スクリプト)まで指定しておくことで、「なんて言えばいいか迷っているうちに時間が過ぎてしまった」という事態を防げます。
更新し続けるマニュアル:本人のフィードバックこそが最強のヒント
マニュアルは一度作って終わりではありません。実際に作業をする本人が「ここが分かりにくい」「この書き方だと迷う」と感じた部分は、最高の改善ポイントです。
- 注釈を許可する: マニュアルに直接、本人なりのメモや注意書きを入れることを推奨しましょう。
- 定期的なブラッシュアップ: 本人の工夫を取り入れてマニュアルを更新すれば、それは「誰にとっても分かりやすい最強の標準作業書」へと進化していきます。
6.まとめ|伝わらないのは「能力」ではなく「方法」の問題
「何度言っても伝わらない」という壁にぶつかったとき、私たちはつい相手の能力や特性のせいにしたくなります。しかし、視点を変えれば、それは指示を出す側の「伝え方のスキル」をアップデートする絶好のチャンスでもあります。
総括:指示の解像度を上げることは、全社員の生産性に繋がる
本稿でご紹介した「4つの鉄則」は、決して障害のある方だけのための特別な配慮ではありません。
- 数値化:曖昧な指示による「やり直し(手戻り)」を減らす。
- 視覚化:聞き漏らしによるミスを防ぎ、情報の共有スピードを上げる。
- 細分化:業務のボトルネックを可視化し、誰でも代替可能な仕組みを作る。
- 実演確認:認識のズレを初期段階で摘み取り、確実なアウトプットを担保する。
これらはすべて、組織全体の「仕事の解像度」を引き上げるための汎用的なマネジメント技術です。障害者雇用をきっかけに現場のコミュニケーションが整理されると、結果として「新入社員の立ち上がりが早くなった」「ベテラン社員の独断によるミスが減った」という副次的効果が必ず現れます。
最後に:現場の「伝え方改革」を、具体的な研修とワークフローで支援します
「理屈はわかったが、忙しい現場でこれを徹底させるのは難しい」と感じるかもしれません。コミュニケーションの習慣を変えるには、個人の努力だけでなく、組織としての仕組み作りが必要です。
私たちは、貴社の実業務に即した「指示出しガイドライン」の作成や、管理職向けの「伝え方ワークショップ」を提供しています。また、既存の複雑なマニュアルを、誰でも理解できる「ユニバーサル・マニュアル」へと再設計するサポートも行っています。
「伝わらない」ストレスを「確実に伝わる」安心感へ。現場のコミュニケーションをアップデートし、すべての社員がその能力を最大限に発揮できる組織作りを、私たちと共に進めていきませんか。
投稿者プロフィール
- 自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。







