2026/01/04
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障害者雇用のキャリアパス設計:一般社員への登用と昇給の評価基準をどう作るか?

この記事の内容

はじめに:「ずっと同じ仕事・同じ給与」がもたらす静かな離職

障害者雇用において、かつてのゴールは「定着(長く辞めずに働いてもらうこと)」でした。しかし、雇用率の引き上げや多様な働き方の浸透に伴い、現場では新たな課題が浮上しています。それは、「数年経っても、役割も給与も入社時のまま変わらない」という停滞感です。

真面目に働き、欠勤もなく、業務も完全にマスターしている。それなのに、キャリアの階段が用意されていないために、優秀な人材ほど「ここではこれ以上の成長は望めない」と判断し、静かに職場を去っていく。こうした事例が、今、多くの企業で相次いでいます。


定着の先にある課題:モチベーションを維持する「成長の物差し」はあるか?

「障害があるから、安定して働いてくれるだけで十分だ」 もし会社側がそう考えているとしたら、それは大きな見落としです。障害の有無にかかわらず、働く人には「昨日より成長したい」「新しいことに挑戦したい」「成果を正当に評価してほしい」という根源的な欲求があります。

評価の基準が曖昧で、昇給の条件も示されない環境では、社員は自分の立ち位置を見失います。特に、論理的な納得感を重視する傾向があるASD(自閉スペクトラム症)の方や、刺激と自己効力感を求めるADHD(注意欠如・多動症)の方にとって、「自分の成長を測る物差し(キャリアパス)」がないことは、働く意欲を削ぐ決定的な要因となり得ます。

障害者枠=補助業務という固定観念が、企業の損失を生んでいる

多くの企業でキャリアパスが作られない背景には、「障害者枠の仕事はあくまで補助的なもの」という無意識の固定観念があります。しかし、この考え方は企業にとって2つの大きな損失を生んでいます。

  1. スキルの埋没: 適切な教育とステップアップの機会があれば、リーダー職や専門職として活躍できるポテンシャルを持った人材を、単純作業に縛り付けてしまう。
  2. 不公平感の醸成: 成果を出している障害のある社員と、そうでない社員が同じ待遇である場合、周囲の社員(健常者)からも「何をもって評価されているのか不透明だ」という不満が出やすくなります。

本記事の結論:透明性の高い「評価基準」と「登用制度」が、戦力化の最終ピースである

障害者雇用を「福祉」から「人事戦略」へと昇華させるためには、透明性の高い評価基準の策定が不可欠です。

何ができれば昇給するのか、どのような条件を満たせば一般社員(正社員)への登用が検討されるのか。この「キャリアの地図」を提示することで、本人は目標を持って自律的に動くようになり、マネージャーは主観に頼らない公正な指導が可能になります。本記事では、不公平感をなくし、戦力を最大化するための具体的な評価基準の作り方を解説します。

1.なぜ障害者雇用に「キャリアパス」が必要なのか?

キャリアパスの構築は、単なる「優遇」ではありません。組織の生産性と健全性を保つための「仕組み」です。

承認欲求と自己効力感:人は「期待され、役割が変わる」ことで成長する

「給与が変わらなくても、仕事があるだけでありがたいはずだ」という考え方は、本人のプロフェッショナリズムを否定することになりかねません。自分の仕事がチームに貢献し、それが「昇格」や「昇給」という形で会社に認められることで、初めて強い自己効力感が生まれます。役割が変わる(責任の範囲が広がる)という期待こそが、最大の成長促進剤となります。

優秀な人材の流出リスク:他社が「ステップアップ」を提示し始めている現実

今、障害者採用市場では、ハイスキル層を中心に「キャリアアップができるかどうか」で会社を選ぶ動きが加速しています。他社が「3年後の正社員登用あり」「スペシャリスト職への道あり」と明示している中で、現状維持しか提示できない企業は、優秀な人材から選ばれなくなっています。


2.【実践】不公平感のない「評価基準」4つの柱

障害のある社員を適正に評価するためには、一般社員向けの評価シートをそのまま流用するのではなく、特性に配慮しつつも「成果」を逃さない独自の評価軸が必要です。

①成果指標(KPI):数値化できるアウトプットの量と質

最も客観的な指標です。「頑張っている」という主観を排除し、事実ベースで評価します。

  • 処理件数: 1日あたりのデータ入力数、伝票処理数、清掃完了数など。
  • 正確性: エラー率、修正指示の回数、検品での見落としゼロの継続期間。
  • 納期遵守: 期限内にタスクを完遂できた割合。

②行動指標(コンピテンシー):主体性とチームへの貢献

周囲との連携や仕事に向き合う姿勢を評価します。

  • 報告・連絡・相談(ホウレンソウ): 困ったときに適切なタイミングで援助を求められたか。
  • マニュアルの遵守: 決められた手順を正確に守り、自分勝手な判断をしていないか。
  • 改善提案: 作業を効率化するための小さな工夫を提案できたか。

③セルフケア指標:安定した勤怠と配慮依頼の自律性

障害者雇用特有の重要な評価軸です。無理をして働いてパンクするのではなく、「長く安定して働くためのスキル」を評価します。

  • 勤怠の安定性: 体調を管理し、安定して出社できているか。
  • 自己理解と発信: 自分の不調に早く気づき、早めに上司へ相談(または休暇申請)ができているか。
  • 環境調整: 集中するためにイヤーマフを使用するなど、自ら工夫してパフォーマンスを維持しているか。

④スキル習得指標:使用ツールの習熟度と専門性

能力の広がりを評価します。

  • ツールの習熟: Excelの高度な関数の習得、新しい業務ソフトの操作マスター。
  • 資格取得: 業務に関連する資格の取得(MOS、簿記、CADなど)。
  • 後輩指導: 新しく入った障害のある社員に対し、自分の業務を教えられるようになったか。

3.【公開】そのまま使える「障害者雇用・評価シート」サンプル

評価を形骸化させないためには、本人が「何を目指せばいいのか」を一目で理解できる具体的な物差しが必要です。ここでは、多くの成功企業が取り入れている「グレード制」に基づいた評価の枠組みを紹介します。


グレード制の導入:ジュニア/ミドル/シニア/スペシャリストの階層分け

障害者雇用においても、一般社員と同様に「習熟度」に応じた階層(グレード)を設けることで、中長期的なキャリアの見通しが立ちやすくなります。

  • グレード1:ジュニア(習得期)
    • 目的:指示通りに正確に作業ができる。
    • 状態:マニュアルを見ながら、あるいは上司の確認を受けながら業務を完遂する。
  • グレード2:ミドル(自立期)
    • 目的:一人で判断し、ルーチンワークを安定して回せる。
    • 状態:例外事項以外は自己完結でき、セルフケア(体調管理)も安定している。
  • グレード3:シニア(熟練・貢献期)
    • 目的:品質の維持に加え、周囲への好影響を与える。
    • 状態:マニュアルの不備を指摘・修正できる。後輩の作業チェックや初歩的な指導を担う。
  • グレード4:スペシャリスト(専門・指導期)
    • 目的:高度な専門性を発揮するか、チームリーダーとして機能する。
    • 状態:特定業務(IT、翻訳、経理等)で一般社員と同等以上の成果を出す、または障害者チームのリーダーとして工程管理を行う。

評価項目の「言語化」:曖昧さを排除し、ASDの方でも納得できる具体性を持たせる

ASD(自閉スペクトラム症)の特性を持つ社員にとって、「意欲的に取り組んでいるか」「周囲と協力しているか」といった抽象的な評価は、納得感が低いだけでなく、何を改善すべきか分からない不安の種になります。

評価シートを作成する際は、「誰が見ても、できているかどうかが判定できる行動」に落とし込みます。

評価カテゴリー抽象的な項目(NG)具体的な行動(OK)
コミュニケーション積極的に報告すること業務終了の5分前に、その日の進捗をメールまたは口頭で報告している。
正確性ミスに気をつけること作業後のセルフチェックリストを全て埋め、提出物の誤字脱字が月3回以内である。
主体性やる気を見せること自分のタスクが予定より早く終わった際、「次は何をすればいいですか」と質問できる。
体調管理無理をしないこと疲労を感じた際、適切なタイミングで「5分休憩をいただきます」と申告できる。

フィードバック面談のコツ:評価結果を「次の成長のための地図」に変える伝え方

評価シートの結果を伝える面談は、「採点結果の発表会」ではなく、「次のグレードに上がるための作戦会議」であるべきです。

  1. 事実から入る: 「今期は入力件数が目標を20%上回ったね」と、数字や事実をベースに肯定します。
  2. ギャップを明確にする: 「シニアに上がるためには、自分の作業だけでなく、隣の人のダブルチェックができるようになる必要がある。来期はそこを目標にしよう」と、次の階層への条件を提示します。
  3. 「配慮の更新」を行う: 「今の業務レベルで、何かやりにくさを感じていることはない?」と聞き、役割の変化に合わせて必要な配慮(ツールの導入や指示系統の変更)を再調整します。

4.「一般社員登用」へのハードルをどう設計するか?

「障害者枠」という限定的な雇用形態から、職種や役割の制限がない「一般社員(正社員)」への転換制度を設けることは、優秀な人材の離職を防ぐ最大の特効薬です。しかし、そのハードルが不明確だと、周囲の社員からの不公平感を生んだり、本人を無理な環境に追い込んだりするリスクがあります。


登用基準の明確化:週の勤務時間、業務の自律性、役割の広がり

一般社員への登用は「温情」ではなく、あくまで「役割の変化」に対する契約の変更です。そのため、以下の3つの基準を明確に定めておく必要があります。

  • 週の勤務時間: 原則として週30時間以上、かつ1年以上の安定した勤務実績があること。
  • 業務の自律性: マニュアルの範囲を超え、自ら優先順位を判断し、突発的なトラブルにも適切な報連相を伴って対応できること。
  • 役割の広がり: 自分の業務完遂だけでなく、部署の目標達成に寄与する動き(他部署との調整や後輩の育成など)ができること。

これらを「登用試験の要件」として明文化し、社内公募や推薦の形をとることで、プロセスに透明性を持たせます。

「特例子会社」や「福祉的雇用」から「本社の一般部門」への橋渡し

特例子会社や障害者専門部署で経験を積んだ社員が、本社の営業部や管理部といった「一般の部署」へ異動・登用される流れを作ることも重要です。

  • 社内留学(実習)制度: いきなり異動させるのではなく、1〜2ヶ月間の「社内実習」期間を設けます。受け入れ先の部署にとっても、ジョブコーチなどの支援を受けながら「どの程度の配慮が必要か」を確認する猶予となります。
  • 「拠点」から「機能」へ: 障害のある人が集まって働くスタイルから、個々の強みに応じて各部署に散らばって働くスタイルへ。この「橋渡し」の仕組みが、組織のダイバーシティを本質的に進化させます。

給与体系の連続性:一般社員と障害者枠の「報酬の谷」をどう埋めるか

「障害者枠(時給制・契約社員)」と「一般社員(月給制・正社員)」の間にある給与の大きな溝は、本人の意欲を削ぐだけでなく、キャリアアップを「諦めさせる」原因になります。

  • 中間の給与ランクを作る: 契約社員のままでも、一般正社員の初任給に並ぶような「ハイグレード(エキスパート)職」を設けます。
  • 評価の連結: 障害者枠で受けた高い評価が、登用後の給与ランクに反映される仕組みにします。「登用されたら給与計算の方法が変わり、手取りが減った」といった事態を防ぐためのシミュレーションが不可欠です。

5.キャリアパス導入で直面する「3つの懸念」とその対策

キャリアパスや昇給制度を導入しようとすると、現場のマネージャーや人事担当者から「本当にうまくいくのか?」という不安の声が上がることがあります。しかし、これらの懸念の多くは、事前の「考え方の整理」で解決可能です。


懸念1:責任を増やすと体調を崩すのでは? → 「役割」と「配慮」を切り離す考え方

「昇進させて責任が重くなると、プレッシャーでメンタルを崩してしまうのではないか」という懸念はよく聞かれます。ここで重要なのは、「業務上の役割(期待値)」と「合理的配慮(サポート)」を混同しないことです。

  • 役割は高く、配慮は手厚く: 責任ある仕事を任せることと、環境を調整することは両立します。例えば「リーダー職として判断業務を任せる」一方で、「指示は必ずテキストで送る」「週に1回は在宅勤務を認める」といった配慮は継続して良いのです。
  • セルフケアの評価: 「体調が悪くなりそうな時に、早めに申告して調整できること」自体を高いグレードの要件に組み込みます。これにより、無理をしてパンクすることを防ぎ、安定した高いパフォーマンスを維持させることができます。

懸念2:他の社員から「甘い」と言われないか? → 基準の公開と公平性の担保

障害のある社員の評価を上げたり、登用したりすると、周囲の社員から「あの人はミスをしても配慮されているのに、なぜ自分より先に昇進するのか」といった不満が出るリスクがあります。

  • 基準のオープン化: 「何ができればこのグレードか」という基準を、障害の有無にかかわらず社内に公開します。アウトプットの量や質、スキルの習熟度といった「客観的数値」に基づいた評価であれば、周囲も納得せざるを得ません。
  • 「配慮」は「下駄」ではない: 合理的配慮は、スタートラインを揃えるための眼鏡のようなものであり、評価そのものを底上げする「下駄」ではないことを周知します。

懸念3:評価できる上司がいない → 支援機関を交えた「3者評価」の有効性

「現場の上司が障害特性に詳しくなく、正当な評価ができているか自信がない」という場合は、外部の専門家を評価プロセスに巻き込むのが効果的です。

  • 3者評価(企業・本人・支援機関): 就労移行支援事業所やジョブコーチを交えて評価面談を行います。専門家の視点が入ることで、「この行動は特性によるものか、それとも努力で改善できるものか」といった切り分けが明確になります。
  • 評価の客観性アップ: 外部の目が入ることで、上司の主観や感情による偏りを防ぎ、本人にとっても「専門的な知見に基づいた正当な評価」という安心感に繋がります。

6.【事例紹介】キャリアパス設計で戦力化に成功した企業の共通点

実際にキャリアの階段を作ることで、障害者雇用を成功させている企業の事例を見てみましょう。

A社:マニュアル作成のプロとして「スペシャリスト職」を新設し、昇給を実現

元々は事務補助だったASDの社員。彼の「手順の矛盾を許さない」「図解が非常に得意」という特性に着目し、社内のあらゆるマニュアルを整備する「ドキュメント・スペシャリスト」という職位を新設しました。一般社員にも感謝される役割となったことで、自信を深め、現在は後輩の指導にもあたっています。

B社:一般社員への転換試験を制度化し、3年で5名がリーダー職へ

「入社3年経過、週30時間勤務、上司推薦」を条件とした正社員転換制度を導入。単に雇用形態を変えるだけでなく、転換後は一般社員と同じ研修を受けさせました。その結果、現在では障害者チームのリーダーとして、一般部署との調整業務を完璧にこなす戦力が次々と育っています。

共通点:障害を「理由」にせず、アウトプットを「根拠」にしている

成功している企業に共通しているのは、「障害があるからできない」と決めつけず、「このアウトプットが出せるなら、この評価になる」というシンプルでロジカルなルールを徹底している点です。


7.まとめ|「キャリアの階段」が、本人と会社を強くする

障害者雇用におけるキャリアパス設計は、単なる「待遇改善」ではありません。それは、一人ひとりの可能性を信じ、プロフェッショナルとして期待をかけるという、企業の強いメッセージです。


総括:障害者雇用は「福祉」から「人事マネジメント」の領域へ

目標があるから、人は学びます。評価されるから、人は責任を持ちます。障害のある社員に「キャリアの階段」を用意することは、組織のマネジメント能力を磨き、多様な人材が真に活躍できる土壌を作ることに他なりません。

「定着」の先にある「活躍」へ。貴社の障害者雇用を次のステージへと進めるために、今こそ「評価」と「キャリア」のあり方を見直してみませんか。

最後に:現場に即した「評価とキャリア」を共に考える、お問い合わせ・事例紹介のご案内

「具体的な評価シートをどう作成すればいいのか分からない」「他社ではどのようなステップで登用を進めているのか知りたい」といったお悩みはありませんか?

制度を整えることは、本人のやる気を引き出すだけでなく、実は現場のマネージャーが「何を基準に指導・評価すればよいか」という迷いを払拭し、負担を軽減することにも繋がります。

私たちは、これまでの豊富な支援実績をベースに、貴社の組織文化や現在のフェーズに合わせたキャリアパスのあり方を共に考え、サポートしています。

  • 「まずは他社の評価基準の事例を知りたい」という情報収集から
  • 「自社の今の仕組みで、どこを改善すべきか」といった壁打ち
  • 現場の混乱を防ぎながら、着実に戦力化を進めるためのプロセス紹介

「まだ具体的な計画はないけれど、将来のために話を聞いてみたい」という段階でも構いません。まずは貴社の「今の状況」を、お問い合わせフォームよりお聞かせください。プロの視点から、貴社に最適な次の一手をご提案させていただきます。

投稿者プロフィール

八木 洋美
自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。
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