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「障害者差別解消法」義務化以降のトラブル事例集:訴訟や行政指導を避けるチェックリスト

この記事の内容
はじめに:2024年4月、障害者雇用の「ルール」が変わった

2024年4月1日、日本の障害者雇用を取り巻く法的環境は大きな転換点を迎えました。「障害者差別解消法」の改正施行により、それまで民間企業にとって「努力義務」とされていた合理的配慮の提供が「法的義務」へと格上げされたのです。
この改正は、単なる言葉の置き換えではありません。企業にとっては、対応を誤れば「法違反」というレッテルを貼られ、行政指導や訴訟のリスクを直接的に背負うことになったことを意味します。これまでの「善意による配慮」というフェーズは終わり、明確な「コンプライアンス(法令遵守)」のフェーズへと突入したのです。
「努力」から「義務」へ:差別解消法改正が企業に突きつけるもの
改正法によって、企業には大きく分けて2つの義務が課せられています。
- 不当な差別的取り扱いの禁止: 障害を理由に、正当な理由なくサービスの提供を拒否したり、制限したりすることの禁止。
- 合理的配慮の提供(義務化): 障害者から「社会的なバリアを取り除いてほしい」という意思表示があった際、企業にとって重すぎる負担がない限り、必要な調整を行うこと。
これまでは「社内のリソースが足りないので、できる範囲で」という言い訳が通じましたが、現在は「なぜその配慮ができないのか」を論理的に説明し、代替案を提示する責任が企業側に生じています。
なぜ今、トラブルが増えているのか?当事者の意識変化とSNSのリスク
法改正以降、企業と当事者の間でトラブルが表面化するケースが急増しています。その背景には、2つの要因があります。
- 当事者の権利意識の変化: 法律が「義務」となったことで、障害のある社員や求職者が「配慮を受けるのは当然の権利」と認識し、積極的に具体的な要望を出すようになっています。
- SNSによる拡散リスク: 現場での不用意な一言や不適切な対応が、瞬時にSNSで拡散される時代です。一度「差別的な企業」というイメージが定着すれば、法的制裁以上に、採用ブランドや企業評価に致命的なダメージを与えます。
本記事の結論:「正解」を求めるのではなく「対話のプロセス」を記録することが最大の防御である
多くの企業担当者が「何が正解の配慮なのか?」と頭を悩ませますが、実は法律が求めているのは「結果」だけではありません。
最も重要なのは、要望を受けてから結論を出すまでの「建設的対話(対話的相互理解)」のプロセスです。たとえ要望を100%叶えられなかったとしても、誠実に話し合い、記録を残していれば、それは行政指導や訴訟を回避するための「最大の防御」となります。本記事では、その具体的なボーダーラインと対策を解説します。
1.基礎知識:どこからが「不当な差別的取り扱い」なのか?
「差別」という言葉は抽象的ですが、実務上は「直接差別」と「合理的配慮の不提供」の2つの視点で整理すると分かりやすくなります。
「直接差別」と「間接差別」:何気ない一言やルールが差別になる瞬間
不当な差別的取り扱い(直接差別)とは、正当な理由なく、障害を理由として、昇進、教育、福利厚生などの面で不利益な扱いをすることです。
- 直接差別の例: 「障害があるから、重要なプロジェクトには参加させない」「車椅子を使っているから、社内行事への参加を遠慮してもらう」。
- 見落としがちな間接差別: 意図的ではなくても、一律のルールが結果として障害者を排除しているケースです。「試験は一律で筆記のみ(視覚・発達障害への配慮なし)」「昇進の条件に『電話応対が完璧であること』を課す(聴覚障害への配慮なし)」。
合理的配慮の3要素:個別のニーズ、過重な負担の有無、対話的相互理解
合理的配慮が「義務」かどうかを判断するには、以下の3つの要素をバランスよく検討する必要があります。
- 個別のニーズ: 障害の種類や程度によって、必要なサポートは一人ひとり異なります。マニュアル通りの対応ではなく、「その人が何に困っているか」を起点にします。
- 過重な負担の有無: 配慮にかかるコストや、他の業務への影響が、企業の規模や体力に照らして「重すぎる」場合は、別の方法を検討できます。
- 対話的相互理解: 会社と本人が話し合い、お互いの妥協点(着地点)を探るプロセスそのものです。
企業の免責事項:何でも受け入れるのが「合理的配慮」ではない
「義務化」と聞くと、企業側は本人の要求をすべて飲まなければならないと誤解しがちですが、そうではありません。
- 本来の業務が遂行できない場合: 配慮を尽くしても、そのポジションに求められる本質的な業務ができない場合、無理に雇用を維持することまで求められるわけではありません。
- 安全確保ができない場合: 他の社員や顧客の安全を脅かすような要望は、拒否する正当な理由になります。
大切なのは、「できない」と断る際に、客観的な根拠(コスト、人員、安全性など)を提示できるかどうかです。
2.【実例集】実際にあった「苦情・トラブル」のボーダーライン

差別解消法が義務化されたことで、これまで「社内の慣習」として見過ごされてきた対応が、明確な「権利侵害」として指摘されるようになっています。特にトラブルになりやすい3つの境界線(ボーダーライン)を、具体的な事例から紐解きます。
事例①:採用面接での「障害に関する質問」が差別と判断されたケース
採用面接において、企業には「就労能力があるか」を確認する権利がありますが、それが「障害そのものへの好奇心」や「不要な深掘り」になった瞬間にリスクが発生します。
- トラブルの内容: 面接官が「なぜその障害になったのか」「具体的な病名と、過去の通院履歴をすべて教えるように」と執拗に質問。応募者が回答をためらうと、「隠し事をするなら採用できない」と不採用にしたケース。
- ボーダーラインの考え方:
- アウト: 業務遂行能力に直接関係のない原因や病歴、プライベートな治療内容を問うこと。
- セーフ: 「業務においてどのような配慮があれば支障なく働けるか」「特定の作業(重いものを持つ、長時間の画面注視など)に制限があるか」を確認すること。
- 教訓: 質問の目的を常に「合理的配慮の検討」に置き、医学的な詳細よりも「職務上の制限」にフォーカスする必要があります。
事例②:テレワーク希望を「前例がない」と一蹴したことによるトラブル
働き方の多様化が進む中、障害特性に合わせた環境調整としてのテレワークは、合理的配慮の代表的な論点となっています。
- トラブルの内容: 視覚障害や精神障害を持つ社員が、通勤による極度の疲労やパニック症状を避けるためテレワークを希望。しかし、会社側が「うちは原則出社。一部の社員だけに例外を作ると前例になり、管理できない」と一切の検討を拒否したケース。
- ボーダーラインの考え方:
- アウト: 個別の困りごとを検討せず、「一律の社内ルール」や「前例がない」という理由だけで門前払いすること。
- セーフ: 業務の性質上どうしても出社が必要な理由を説明し、週に数日の限定的な実施や、時差出勤、個室の利用など、別の「代替案」を検討・提示すること。
- 教訓: 「ルールだからダメ」ではなく、「どうすれば業務を遂行できるか」という対話のプロセスを省くことが最大の非となります。
事例③:昇進試験からの実質的な排除と「合理的配慮」の不履行
雇用継続だけでなく、キャリアアップの機会においても差別解消法の義務は及びます。
- トラブルの内容: 昇進試験がマークシート方式の筆記試験のみで行われた。発達障害(読み書き障害)のある社員が「試験時間の延長」や「読み上げ」を求めたが、会社は「他の受験者との公平性が保てない」として却下。結果としてその社員は時間内に解答できず、不合格となったケース。
- ボーダーラインの考え方:
- アウト: 全員に同じ条件(時間・形式)を強いることが、特定の障害者にとって「実質的な排除」になっている場合。これを修正しないのは「合理的配慮の不提供」に当たります。
- セーフ: 試験時間の1.5倍延長、PC利用、別室での受験など、スタートラインを揃えるための調整を行うこと。これは「優遇」ではなく「機会の平等」の確保とみなされます。
- 教訓: 「同じ条件でやらせる」ことが、必ずしも「公平」ではないという理解が、法的なリスク回避には不可欠です。
3.行政指導や訴訟に発展させないための「3つの防衛策」
障害者差別解消法の義務化以降、企業が最も意識すべきは「配慮の結果」だけでなく「決定に至るまでのプロセス」です。万が一、行政(労働局など)の調査や訴訟に発展した際、会社が「なすべきことを果たした」と証明するための具体的な防衛策を解説します。
防衛策1:対話の記録(建設的対話)をエビデンスとして残す
法律が企業に求めているのは、要望に対して「YesかNoか」を答えることだけではありません。結論が出るまでの**「建設的対話(対話的相互理解)」のプロセス**そのものが義務の一部です。
- 「言った・言わない」の防止: 本人からの要望内容、会社側の検討状況、提案した代替案、それに対する本人の回答をすべて時系列で記録します。
- エビデンスの重要性: たとえ最終的に要望を断ったとしても、何度も面談を重ね、複数の代替案を提示した記録があれば、それは「不当な拒否」ではなく「誠実な検討の結果」として認められます。
防衛策2:過重な負担を主張する際の「客観的な根拠」を用意する
配慮を断る正当な理由として認められる「過重な負担」ですが、単に「お金がない」「人がいない」という主観的な説明では、法的リスクを回避できません。
- 数値と事実で語る: 「その配慮には〇〇万円の改修費が必要で、今期の予算の〇%を占める」「専従のサポートスタッフを置くには現在の人員配置上、〇人の欠員が出る」など、具体的な数値が必要です。
- 比較検討の跡: 「A案(本人の希望)はコスト面で困難だが、B案(低コストの代替策)なら実施可能である」といった、会社側が歩み寄ろうとした事実が、過重な負担の主張に説得力を持たせます。
防衛策3:社内相談窓口の設置と、現場マネージャーへの初動教育
トラブルの多くは、現場のマネージャーの「不用意な一言」から始まります。本部の知らないところで火種が大きくならないよう、体制を整える必要があります。
- 相談窓口の周知: 「困ったときは人事に相談できる」というルートを本人に明示しておくことで、外部機関(労働局など)に駆け込まれる前に社内で解決できる確率が上がります。
- 現場への教育: 現場リーダーに対し、「前例がない」「不公平だ」という言葉が法的にリスクであることを教育します。特に、本人からの配慮の申し出があった際に「まずは受け止め、人事に繋ぐ」という初動の徹底が、会社の致命傷を防ぎます。
4.現場で使える「差別解消法・セルフチェックリスト」
法改正への対応で最も恐ろしいのは、「悪気のない無知」です。現場のマネージャーや人事担当者が、日常業務の中で「これは法的にアウトかもしれない」と自ら気づくためのセルフチェックリストを用意しました。社内研修やマニュアルの点検にご活用ください。
採用フェーズ:その質問、本当に職務に必要ですか?
採用選考は、最も「差別的取り扱い」が起きやすい場面です。質問の目的が「排除」ではなく「環境整備」に向いているかを確認しましょう。
- [ ] 病名や原因の深掘りをしていないか
- 診断名そのものよりも、「具体的にどのような作業に制限があるか」を質問の軸にしていますか?
- [ ] 「欠勤の有無」を障害と結びつけて評価していないか
- 障害があることだけで「休みが多いはずだ」と予断を持たず、過去の勤務実績や現在の体調管理方法を事実ベースで確認していますか?
- [ ] 不採用理由が「障害そのもの」になっていないか
- 万が一不採用とする場合、その理由が「配慮を尽くしても職務遂行が困難であること」を論理的に説明できますか?
勤務継続フェーズ:一律の「社内ルール」が壁になっていませんか?
合理的配慮の提供義務は、入社後も継続します。「みんな同じ」というルールが、特定の社員にとっての「バリア(障壁)」になっていないかをチェックします。
- [ ] 「前例がない」という理由で拒絶していないか
- 新しい働き方(短時間勤務、休憩の分割、執務スペースの改造など)の提案に対し、まずは検討のテーブルについていますか?
- [ ] コミュニケーション手段を固定していないか
- 聴覚障害の方に電話応対を強いたり、ADHD(注意欠如・多動症)の方に口頭のみの指示で完結させたりしていませんか?
- [ ] 「対話の記録」を保存しているか
- 本人からの相談内容と、それに対して会社が検討したプロセスを、後で振り返れる形で残していますか?
評価・昇進フェーズ:スタートラインを揃える配慮を忘れていませんか?
評価の公平性とは「同じ条件で競わせること」ではなく「同じ土俵に立てるようにすること」です。
- [ ] 昇進試験の形式に柔軟性を持たせているか
- 筆記試験が困難な場合に、PC利用や時間延長、口頭試問への切り替えなどを検討する準備はありますか?
- [ ] 評価基準が「障害特性」を不利に扱っていないか
- 聴覚障害者に「電話応対スキル」を必須条件とするなど、職務の本質とは無関係な項目で評価を下げていませんか?
- [ ] キャリアアップの機会を均等に提供しているか
- 「無理をさせない」という名目で、本人が希望する研修や責任あるプロジェクトから、最初から除外していませんか?
5.もし苦情を申し立てられたら?正しい「初動対応」フロー

どれほど対策を講じていても、認識の齟齬から「差別された」「配慮が足りない」と苦情を申し立てられる可能性はゼロではありません。大切なのは、苦情が出たこと自体を恐れるのではなく、その後の「初動」で火種を大きくしないことです。
感情的な反論は禁物:まずは相手の「困りごと」を正確に把握する
本人から不満や苦情をぶつけられた際、現場の担当者が「そんなつもりはなかった」「十分やっているはずだ」と即座に反論してしまうと、事態は泥沼化します。
- 傾聴に徹する: まずは反論せず、何に対して「差別だ」と感じているのか、具体的にどのような「障壁(バリア)」があるのかを最後まで聞き取ります。
- 事実確認の時間を置く: その場で結論を出そうとせず、「いただいたご指摘を重く受け止め、社内で事実関係を確認し、改めて回答します」と、冷静な対話の場を改めて設けることが重要です。
第三者機関(ハローワークや労働局)の調整機能を活用する
社内での話し合いが平行線に終わった場合、当事者が労働局やハローワークなどの外部機関に相談にいくことがあります。これは決して「負け」ではありません。
- 「助言・指導」や「調停」の受け入れ: 第三者機関が入ることで、会社側・本人側双方が感情論を抜きにして、法的な妥当性を客観的に見つめ直すことができます。
- 専門家の知見を借りる: 行政の調整担当者は、多くの事例を知っています。「このケースでは、ここまでの配慮が一般的です」という基準を示してもらうことで、円満な解決への出口が見つかりやすくなります。
解決の着地点:金銭解決ではなく「環境改善」をゴールに据える
障害者差別解消法のトラブルにおいて、目指すべきゴールは慰謝料などの「金銭解決」ではありません。あくまで「障壁を取り除き、共に働ける環境を作ること」です。
- 代替案の再提示: 「ご希望のA案は困難ですが、検討の結果、B案であればすぐに実施可能です。これで支障はありませんか?」という歩み寄りを続けます。
- 未来志向の合意: 「今回の件を教訓に、社内規定をこのように見直します」といった具体的な改善策を示すことが、本人の納得感と、将来的な法的リスクの払拭に繋がります。
6.まとめ|差別解消法は「排除」ではなく「環境整備」の指針
障害者差別解消法を「企業を縛る厳しい法律」とだけ捉えるのは、非常にもったいないことです。この法律が求めているのは、個々の違いを認め、誰もが力を発揮できる仕組みを作ることです。
総括:法を恐れるのではなく、誰もが働けるインフラを整える機会にする
差別解消法への対応(合理的配慮の提供)を積み重ねていくことは、結果として「全社員にとって働きやすい職場」を作ることと同義です。手順を視覚化し、コミュニケーションを丁寧に、評価を公正に。こうした取り組みは、多様な人材が活躍するこれからの組織にとって、最強のインフラとなります。
結びに:差別解消法を「組織の成熟」へのヒントにするために
2024年の義務化以降、現場の判断基準はより繊細なものが求められるようになりました。「今の自社の対応は、法的に見てどうなのだろうか」「現場から上がってきた要望に、どこまで応えるのが正解なのか」と、日々模索しながら進まれている担当者の方も多いはずです。
合理的配慮の提供において、最も大切なのは「完璧な回答」をすぐに出すことではありません。本人の困りごとに耳を傾け、会社として何ができるかを誠実に検討する。その積み重ねそのものが、組織のコンプライアンス意識を高め、誰もが力を発揮できる土壌を作ることに繋がります。
本記事でご紹介した事例やチェックリストが、貴社の現場で「これからの対応」を考える際の一助となれば幸いです。
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