2026/01/05
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「ずっと平社員」で終わらせない。障害のある社員の「評価・昇給・キャリア形成」をどう設計するか?

この記事の内容

はじめに:なぜ障害者雇用の現場で「中だるみ」が起きるのか

「採用して3年、無事に定着はしているけれど、本人の元気がなくなってきた気がする」 「仕事には慣れたはずなのに、ケアレスミスが増え、主体性が見られない」

障害者雇用に取り組む企業が、初期の「定着(離職させないこと)」をクリアした後に直面するのが、この「中だるみ」という壁です。本人が職場に馴染み、業務を覚えたその先に、「このまま10年後も、自分は同じ作業を繰り返すだけなのだろうか?」という不安や諦めが漂い始めているのです。


定着の先にある壁:モチベーションの減退と「キャリアの袋小路」

障害者雇用の現場では、しばしば「安定」が「停滞」へとすり替わります。 周囲は「無理をさせないこと」を優先し、本人は「今のままでいい」と自分に言い聞かせる。その結果、業務の難易度は据え置かれ、昇給も微々たるものとなり、キャリアの成長曲線が水平になってしまう現象――これが「キャリアの袋小路」です。

モチベーションの源泉は、「自分は成長している」「役割が広がっている」という実感にあります。それが絶たれたとき、たとえ居心地の良い職場であっても、優秀な人材ほど「ここには自分の未来がない」と判断し、静かに意欲を失うか、より挑戦的な環境を求めて他社へ流出してしまいます。

「障害者だから昇進はない」という暗黙の了解がもたらす最大の損失

多くの企業において、「障害のある社員の評価」は極めて曖昧です。 「障害があるから、評価を一段階甘くしておこう」 「責任ある役職は負担が重いだろうから、ずっと一般職のままでいいだろう」 こうした、一見すると「優しさ」に見える配慮が、実は本人の可能性を奪い、組織の活力を削ぐ要因になっています。

この暗黙の了解がもたらす最大の損失は、「社員の潜在能力の死蔵」です。適切な評価とステップアップの仕組みがないために、本来はリーダーシップを発揮できたはずの人材や、特定の分野で高度な専門性を発揮できたはずの人材が、「単なる作業員」として埋もれてしまう。これは企業にとって、人的資本の極めて大きな損失です。

本記事の結論:評価制度の整備は、福祉ではなく「戦力」として扱うための必須投資である

障害者雇用のキャリアパス設計は、決して慈善事業ではありません。 「頑張れば報われる(給与が上がる、役割が変わる)」という仕組みを整えることは、社員の生産性を最大化し、長期的な貢献価値(LTV)を高めるための、極めて合理的な経営戦略です。

本記事では、2026年現在の先進事例を踏まえ、障害のある社員が「プロフェッショナル」として階段を登っていくための、具体的かつ持続可能な人事制度のあり方を提示します。


1.等級制度のカスタマイズ:マネジメント職以外の「スペシャリスト職」の設置

多くの企業の人事制度は、昇格=マネジメント職(課長・部長)への登用という「単線型」になっています。しかし、発達障害などの特性を持つ方の中には、対人調整や部下育成は苦手でも、特定の分野で驚異的なアウトプットを出す「職人タイプ」が多く存在します。

彼らのキャリアを「袋小路」にしないためには、「スペシャリスト職(専門職)」というもう一つの道が必要です。

従来のピラミッド型からの脱却:管理能力だけを評価軸にしない

「部下を何人持てるか」という基準だけで等級を決めると、障害特性上、マルチタスクや感情のコントロールが求められるマネジメントに適さない社員は、ある一定の段階で頭打ちになります。

  • 課題: 優秀な現場作業員が、マネジメント職に上がれないために給与が頭打ちになり、やりがいを失う。
  • 解決策: 「マネジメント等級」と対等な重みを持つ「スペシャリスト等級」を設置。人を管理せずとも、「業務の質や専門性、AI活用による生産性向上」によって昇格できる仕組みを作ります。

「匠(たくみ)の道」を作る:特定の業務スキル、AI活用、効率化に特化した等級定義

スペシャリスト職の要件には、具体的な「専門性の定義」を盛り込みます。

  • 業務エキスパート: 特定の基幹業務において、誰よりも速く、正確で、マニュアルの改訂まで行える。
  • AI・デジタル推進: 生成AI等のツールを使いこなし、チーム全体の業務スピードを2倍にするプロンプトを作成できる。
  • ナレッジマネージャー: 属人的な知識を言語化し、誰でも使える形に整理・集約できる。

このように、特性を「強み」に変換した評価項目を設けることで、社員は「自分のこの特性を磨けば上に行ける」という明確な目標を持てるようになります。

昇格要件の可視化:何ができるようになれば給与が上がるのか、地図を提示する

「頑張っているから昇給させる」という感覚的な評価を排し、明確な「スキルマップ」を提示します。

  • 可視化の例: 「等級2:指示通りに完遂できる」「等級3:指示がなくても優先順位を判断し、効率化の提案ができる」「等級4:新しいマニュアルを作成し、他者の教育をサポートできる」
  • 効果: 自分の現在地と、次のステップに進むための課題が明確になることで、日々のルーチンワークが「キャリアアップのための挑戦」へと変わります。

2.「配慮」と「甘やかし」を分ける、納得感のある評価フィードバック

現場のマネージャーから最も多く聞かれる悩みが、「障害があるから、どこまで厳しく評価していいのかわからない」という声です。しかし、正当な評価が行われないことは、本人にとっても「自分は期待されていない」というメッセージになり、成長の芽を摘むことになります。


評価の公正性:合理的配慮は「下駄」ではなく「フラットにするための道具」

まず整理すべきは、「合理的配慮」と「評価」の関係性です。合理的配慮とは、スタートラインを合わせるためのものであり、ゴール(評価)を甘くすることではありません。

  • 「下駄」を履かせない: 「障害があるから、未達成でもB評価にする」というのは、不公正な評価です。これは、周囲の社員の不満を募らせるだけでなく、本人の「自立」を妨げます。
  • 「フラットな土俵」を作る: 合理的配慮は、特性によるバリアを取り除き、能力を100%発揮させるための「道具」です。例えば、読み書きに特性がある社員にAIツールの使用を許可することは、視力の弱い人にメガネを渡すのと同じです。
  • 結論: 「適切な道具(配慮)を提供した。その上で、どれだけの成果を出したか」を測ることこそが、真にフェアな評価です。

期待値の明確化:「ここまでは配慮するが、ここからは成果を求める」の線引き

評価の不満を防ぐには、評価期間が始まる前に「配慮の範囲」と「成果の目標」を契約のように明確に切り分ける必要があります。

  • 配慮の範囲(プロセス): 「指示はテキストで行う」「パニック時には15分の休憩を認める」「作業環境のノイズをカットする」など、会社が提供する環境整備を約束します。
  • 成果の目標(アウトカム): 「月間のデータ入力件数〇〇件」「エラー率〇%以下」「納期遵守率100%」など、定量的な目標を設定します。
  • 線引きの重要性: 「体調への配慮は全力で行うが、仕事としてのクオリティには妥協しない」という姿勢を伝えることで、本人のプロ意識が醸成されます。

建設的なフィードバック:特性を言い訳にさせない、事実に基づいた振り返りの技術

期末の面談では、障害特性を「できない理由」として扱うのではなく、「どうすれば次はできるか」という戦略の検討材料にします。

  • 事実ベースで話す: 「もっと頑張ろう」といった精神論ではなく、「今期は納期遅れが3回ありました。その原因は何でしたか?」と事実を提示します。
  • 「特性」と「対策」を切り離す:
    • NG: 「ADHDだから不注意でミスが出るのは仕方ないね」
    • OK: 「今回、確認漏れが起きました。チェックリストの使いかたにバリアがありましたか? それともチェックのタイミングを通知するAIの設定が必要ですか?」
  • 狙い: 特性を「克服すべき欠点」ではなく、業務フローを改善するための「データ」として扱うことで、本人の自尊心を守りつつ、次期への具体的な行動変容を促します。

3.他社事例:障害のある社員が「リーダー」として活躍するための育成プログラム

「障害があるから管理職やリーダーは無理」という思い込みは、多くの企業で崩れ始めています。適切な役割定義と教育機会さえあれば、特性を強みに変えた新しい形のリーダーシップが生まれます。


事例1:精神障害のある社員が、チームの「ナレッジマネージャー」へ昇格したIT企業

大手IT系BPOセンターのA社では、精神障害(双極性障害)を持つ社員のBさんが、入社5年目で「ナレッジマネージャー」という役職に就きました。

  • 経緯: Bさんは体調の波があるため、突発的な欠勤が発生し、リーダーとしてメンバーを毎日対面で管理するのは困難でした。しかし、業務の「マニュアル化」と「情報の整理」において驚異的な才能を持っていました。
  • 役割の創出: 会社は彼のために「人を管理しないリーダー職」を新設。チーム全員が迷わないためのナレッジベース構築と、AIへの指示出し(プロンプト)の標準化を一任しました。
  • 成果: 彼がリーダーとしてマニュアルを整備した結果、チーム全体のミスが40%減少し、新人の研修期間も半分に短縮されました。Bさんは「自分にしかできない役割」を得たことで体調も安定し、LTV(貢献価値)を最大化させています。

事例2:聴覚障害のある社員を対象とした「リーダーシップ研修」の導入効果

製造業のC社では、聴覚障害のある社員数名がベテランの域に達していましたが、コミュニケーションの壁を理由に、後輩指導やリーダー職を打診されることがありませんでした。

  • 施策: 会社は聴覚障害社員に特化した「リーダーシップ研修」を外部講師と共に実施。音声情報のハンデを補うためのITツールの活用術や、視覚的なフィードバック(筆談や図解)による後輩育成の手法をトレーニングしました。
  • 変化: 研修後、1名がラインリーダーに昇格。彼は「言葉で多くを語らない代わりに、徹底した可視化とチャットでの論理的な指示」でチームをまとめ上げました。これにより、これまで曖昧だった現場の指示系統が整理され、健常者の社員からも「指示がわかりやすい」と評価される逆転現象が起きました。

共通点:本人に「期待している」と伝え続け、役割を与え切る覚悟

これらの事例に共通するのは、会社側が「配慮」という名の「線引き」をせず、「あなたにこの役割を任せたい」という明確な期待を伝えた点です。

  • 覚悟の提示: 障害があるからといって、無条件に目標を下げるのではなく、目標を達成するための「手段(ツールや環境)」を全力で提供する。
  • 成功の鍵: 本人に「自分は一人のビジネスパーソンとして、組織に必要とされている」という自覚(役割意識)を持たせることが、潜在的なリーダーシップを引き出す最大のトリガーとなります。

4.「長期定着(LTV)」を最大化させるメンタル&スキルフォロー

昇給や昇進の道を作ることは不可欠ですが、一方で「責任が重くなること」がプレッシャーとなり、かえってメンタルを崩してしまうリスクも孕んでいます。持続可能なキャリアを形成するためには、挑戦を支えるためのセーフティネットと、学び続ける環境の両立が重要です。


燃え尽き症候群(バーンアウト)の防止:昇進によるプレッシャーをどう管理するか

「リーダーになったのだから、以前よりも完璧に振る舞わなければならない」という真面目すぎる考えが、発達障害や精神障害のある社員を追い詰めてしまうことがあります。

  • セルフケアの再定義: 昇進と同時に、「調子が悪くなりそうな時のサイン」や「ヘルプを出す基準」を改めて上司と合意しておきます。昇進は「一人で抱え込むこと」ではなく「周囲を巻き込むこと」であると伝え、過度な責任感を分散させます。
  • 「降格」ではなく「リセット」の選択肢: 万が一、新しい役割が負担すぎた場合に、本人の評価を下げることなく「一時的に以前の役割に戻る」といった、しなやかな異動(ジョブ・リバーサル)を制度として持っておくことが、挑戦への恐怖を和らげます。

リカレント教育の提供:最新テクノロジー(AI等)を学び続ける機会の公平性

障害のある社員の市場価値(LTV)を高め続けるには、教育機会の公平性が欠かせません。「障害があるから、新しいITツールの導入は無理だろう」といったバイアスで教育から除外することは、キャリアの寿命を縮めることと同義です。

  • デジタル・インクルージョン: 生成AIやRPAなどの最新スキルを学ぶ機会を積極的に提供します。むしろ、特性による「苦手」をテクノロジーで補完する方法を学ぶことは、彼らにとって生存戦略そのものです。
  • 学習スタイルの最適化: 集合研修が苦手なASDの方には動画教材、文章が苦手なSLDの方にはデモ動画中心の学習など、本人の学びやすい形式でスキルアップを支援します。

ピアサポーターの育成:キャリアを積んだ障害者が、後輩のロールモデルになる仕組み

「自分だけが頑張っている」という孤独感は定着を妨げます。キャリアを積んだ先輩社員が、後輩の相談に乗る「ピアサポート」の仕組みを導入します。

  • ロールモデルの可視化: 先に進んでいる障害のある社員が、どのように壁を乗り越えてキャリアアップしたかを共有する場を作ります。「自分もああなれる」という希望は、何よりの定着支援になります。
  • ピアサポーター自身の成長: サポートする側(先輩)にとっても、自身の経験を言語化して誰かの役に立つことは、自己肯定感を高め、さらなるリーダーシップを育む絶好の機会となります。

5.まとめ|キャリアの希望が、最高の定着支援になる

障害者雇用における「定着」とは、単に会社に在籍し続けることではありません。それは、本人が自らの成長を実感し、企業に対して価値を提供し続ける「相思相愛の状態」を指します。


総括:「働き続けたい」の源泉は、居心地の良さではなく「自分の成長」にある

「無理をさせない配慮」だけでは、一時的な安心は得られても、長期的な意欲は続きません。 真の定着支援とは、本人の可能性を信じ、適切な「ハードル(期待)」と、それを越えるための「踏み台(配慮)」をセットで用意することです。自らの成果が正当に評価され、報酬や役割として跳ね返ってくる。このビジネスの基本原則を障害者雇用の現場にも徹底することが、結果として最強の定着戦略となります。

結びに:障害者雇用を「コスト」から「タレントマネジメント」へ転換する時

2026年、私たちは「障害者をどう雇うか」という議論を超えて、「多様なタレント(才能)をどう最大化させるか」というステージに立っています。 キャリアの地図を描き、評価のモノサシを整える。その一つひとつの積み重ねが、障害のある社員の人生を輝かせ、同時に企業の未来を力強く支える資産となっていくはずです。

投稿者プロフィール

八木 洋美
自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。
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