2025/10/20
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合理的配慮は「対話」から生まれる:障害者雇用の現場で機能する支援のつくり方

この記事の内容

はじめに:「配慮」は制度ではなく“関係性”から始まる

障害者雇用における「合理的配慮」は、2016年の障害者差別解消法施行以降、企業に課せられた法的義務となりました。しかし、制度が導入されて久しい現在でも、雇用の現場では「配慮さえすれば定着する」という単純な図式が成り立たないという現実があります。

企業がマニュアル通りに準備したにもかかわらず、社員が早期に離職してしまったり、「形だけの配慮」として当事者に受け止められてしまったりするケースが後を絶ちません。この問題の根源は、配慮が「物や制度」ではなく、「人と人との信頼関係」から生まれるべきものだという視点の欠如にあります。


導入:早期離職や「形だけの配慮」が生まれる背景にある課題

多くの企業は、車椅子用のスロープ設置や勤務時間の調整といった「物理的・制度的配慮」に注力しがちです。もちろんこれらは必要不可欠ですが、障害者雇用の早期離職の多くは、「人間関係」や「精神的ストレス」に起因します。

  • 一方通行の配慮: 企業側が「これで十分だろう」と一方的に想定して配慮を決定し、当事者の実際のニーズや体調の波に合っていないケース。
  • 心理的安全性欠如: 当事者が「これ以上迷惑をかけられない」「配慮を求めすぎると評価に響く」と感じ、本当に必要なニーズを言い出せない状況。
  • 現場の戸惑い: 現場の管理職や同僚が、配慮の内容や障がい特性を理解しておらず、どう接すれば良いか戸惑い、結果として無関心や過剰な干渉を生んでしまうこと。

これらの課題が、社員を精神的に追い詰め、「形だけの配慮」という不信感を生む背景となっています。

問題提起:法的義務である合理的配慮は、なぜ現場で戸惑いを生むのか

合理的配慮が「制度」として存在するにもかかわらず、現場で機能しないのは、配慮が「個人対企業」ではなく、「個人対チーム」の課題であるにもかかわらず、その調整ができていないからです。

  • 企業側の戸惑い: 「どこまで配慮すべきか、線引きがわからない」「本人の言う通りにすればいいのか、専門家にも聞くべきか」という、配慮の最適解を探るプロセスでの迷い。
  • 当事者側の戸惑い: 「自分のニーズをどう伝えれば迷惑にならないか」「自分の苦手なことを具体的にどう言語化すれば理解してもらえるか」という、ニーズを言語化し、開示するプロセスでの困難。

法的義務として配慮は求められますが、その内容は固定されたマニュアルではなく、状況や状態に応じて変化する「相互調整」によって初めて機能するのです。

記事の目的:企業と当事者、双方の視点から「本当に続けられる職場」の条件を探る

本コラムは、この「相互調整」と「対話」のプロセスを掘り下げます。

企業側が「何をどう聞くべきか」、当事者が「何をどう伝えるべきか」という双方の視点から、実際に職場定着に成功している現場の知恵を探ります。

当事者の方へのインタビューを通じて「本当に助かる配慮」の実態を知り、企業側の管理職の声から「戸惑いを乗り越え、対話の仕組みをつくる」ための具体的な方法論を提示します。この対話の積み重ねこそが、障害者雇用において「働きやすさ」を共創し、社員が長期にわたり貢献し続けられる職場の最も確かな条件となります。

1.当事者インタビュー:障害特性別「本当に助かる配慮」と「気を使う配慮」

合理的配慮が機能するかどうかは、企業側が「何を準備したか」ではなく、当事者が「それを本当に必要としているか」にかかっています。ここでは、精神障害および発達障害を持つ当事者が語る、職場で経験したリアルな配慮の実態を紹介します。


精神・発達障害:理解されにくい「疲労の質」と「感覚過敏」への配慮

精神障害や発達障害の特性は、外見からは分かりにくく、そのニーズや困難は「怠けている」「わがまま」と誤解されがちです。特に「疲労の質」「感覚過敏」に関する配慮の有無が、定着率を大きく左右します。

助かった配慮:通院調整や休憩の柔軟化など、体調の波を前提とした支援事例

精神障害や内部障害を持つ社員にとって、体調の波や通院を前提とした柔軟な制度運用こそが、最も切実で助けとなる配慮です。

  • 勤務時間の柔軟化(時間休・中抜け): 「通院で朝早くから半休を取るのではなく、遅めの出社や中抜けを柔軟に認めてもらったのが本当に助かりました。体調が優れない朝に無理を強いられないだけで、残りの時間帯のパフォーマンスが格段に上がります。」
  • 休憩の自律性: 「休憩時間をきっちり決めるのではなく、『疲労を感じたら周りに一言伝えてすぐに休憩に入る』というルールにしてもらったことで、体調が崩れる前に予防的に対応できるようになりました。これは自己管理能力の向上にも繋がりました。」
  • 集中ブースの利用: 発達障害の特性を持つAさんは、「オープンなオフィスでは周囲の話し声や電話の音が気になり、集中力が持たない」と訴えました。個室の集中ブースや、パーテーションで区切られたデスクの利用を認めてもらったことで、業務の正確性が向上しました。

困った配慮:一方的な想定や「やりすぎ」による、かえって気疲れする具体例

企業が善意から行った配慮が、当事者にとっては「過剰な特別扱い」や「プレッシャー」となり、かえって負担になるケースも存在します。

  • 過剰な簡略化と業務制限: 「『これは難しいだろう』と相談なく簡単な業務ばかり割り振られた結果、自分のキャリアプランが閉ざされたと感じ、モチベーションが下がりました。配慮はありがたいですが、挑戦の機会を奪われるのはつらいです。」
  • プライバシーの侵害: 「体調不良で休んだ翌日、上司がチームメンバー全員に『〇〇さんの病状について、こういう状態なので…』と詳細を説明してしまい、過剰な詮索腫れ物に触るような接し方が増えました。配慮に必要な情報と、プライバシーのバランスが重要です。」
  • 頻繁すぎる声かけ: 「『大丈夫?』と日に何度も声をかけられると、常に自分は体調不良だと思われているというプレッシャーを感じます。必要なのは、こちらからSOSを出した時の迅速な対応です。」

当事者の行動:周囲に「伝える勇気」を持つまでの心理的ハードルと成功体験

配慮が一方的なものではなく、「対話」になるためには、当事者が自らニーズを言語化し、周囲に伝える「自己開示の勇気」が必要です。しかし、これには高い心理的ハードルが存在します。

  • 心理的ハードル: 「配慮を求めすぎると、『評価に響く』『わがままだと思われる』『雇用してもらっている恩を仇で返すことになる』という罪悪感や不安が非常に大きかったです。」
  • 勇気を持つまでのプロセス: 多くの成功者は、この勇気を出すために、まずジョブコーチや人事といった信頼できる第三者と徹底的に話し合い、「配慮は、長く働くための権利である」という認識を確立しました。
  • 成功体験: 「具体的な数値で配慮の必要性を伝えたのが効果的でした。『騒音が60デシベルを超えるとミス率が10%上がる』と伝え、静かな席をお願いしたところ、チームも納得してくれました。感情ではなく、合理的な理由で伝えることが重要だと学びました。」

当事者が勇気をもって声を上げるためにも、企業側は「何を言っても評価が変わらない」という心理的安全性の高い環境を整えることが、何よりも重要となります。

2.企業インタビュー:管理職・人事の「何をどう聞けばいいか」からの第一歩

合理的配慮の現場では、当事者だけでなく、配慮を提供する側の企業(管理職や人事)も同様に戸惑いを抱えています。「何をどう聞けばいいのか」「どこまで情報共有していいのか」という迷いが、配慮の遅れや不十分な対応に繋がります。ここでは、企業が戸惑いを乗り越え、建設的な対話を始めるための戦略を紹介します。


企業の戸惑い:配慮を求められた際の初期対応と「まず何から始めるべきか」

障がいを持つ社員から初めて配慮の依頼を受けたとき、多くの管理職は「法的な責任」「前例がない」というプレッシャーから、対応が硬直化しがちです。

  • 初期の戸惑いの実態: 人事担当者は「配慮を拒否できない」という意識から、すぐに大掛かりな設備投資や制度変更を考えがちです。一方で、管理職は「チームの他のメンバーに負担がかかるのではないか」という懸念から、一歩踏み出せないことがあります。
  • 間違った初期対応: 最も避けたいのは、曖昧なまま放置したり、当事者のニーズを無視して一方的に配慮を決定することです。これにより、社員の不信感が増し、後の対話が難しくなります。

連携戦略:本人に直接聞く前に活用すべき専門機関(ジョブコーチ等)との連携

配慮の初期段階で最も有効なのは、企業が単独で悩むのではなく、専門家の知見を取り入れることです。本人に直接聞きづらいデリケートな情報や、特性に基づく最適な対処法について、客観的な意見を得られます。

  • ジョブコーチ(職場適応援助者): 地域障害者職業センターなどが提供するジョブコーチは、職場での具体的な業務遂行や人間関係の調整に関する専門知識を持っています。企業は、本人に直接介入する前に、ジョブコーチに相談することで、一般的な配慮事例や、当該社員の特性を考慮した適切なアプローチ方法のアドバイスを受けられます。
  • 産業医・産業カウンセラー: 精神障害など体調の波がある社員の場合、産業医や産業カウンセラーに連携を取り、医学的な見地から見た業務負荷の適正水準や、疲労のサインについて意見をもらうことが重要です。

ヒアリング技術:個別面談を成功させるための具体的な質問形式と進行方法

合理的配慮のヒアリングは、尋問ではなく、相互の「条件設定」を行う場です。当事者が安心してニーズを伝えられるよう、質問の形式を工夫する必要があります。

  • 「できないこと」ではなく「できる条件」を聞く:
    • NG例: 「あなたは何ができませんか?」
    • OK例: 「最大限のパフォーマンスを発揮するために、どのような環境であれば集中できますか?」「体調の波があるとき、どんな調整があれば働き続けられますか?」
  • 具体性と再現性を確認する: 抽象的な「疲れたら休む」ではなく、「休憩が必要な場合、何分前までに、誰に、どのような方法で連絡すれば対応可能ですか?」といった、ルール化できる具体的行動を一緒に言語化します。
  • トライアル期間の設定: 配慮は最初から完璧である必要はありません。「この配慮を3ヶ月間試してみて、効果と課題を再度話し合いましょう」と伝え、柔軟な見直しを前提としたトライアル期間を設けることで、双方の心理的負担を軽減します。

現場の浸透:チームメンバーへの情報共有ルールと守秘義務のバランス

配慮の決定後、最も難しいのが「チームへの情報共有」です。情報が不足すると、他のメンバーは「なぜあの人だけ特別なのか」と不公平感を抱き、逆に情報が多すぎると、当事者のプライバシーが侵害されます。

  • 情報共有の原則: 共有するのは、「業務遂行上、必要な情報のみ」に限定します。
    • 共有すべき情報: 業務の切り出し内容、連絡方法のルール(例:〇〇さんへの連絡はチャットに限定)、急な離席・短時間勤務が発生する可能性があること。
    • 非共有情報: 障害の名称、病状の詳細、個人的な通院理由など、プライバシーに関わる医学的な情報。
  • 守秘義務の徹底: チームメンバーに対し、共有された配慮情報について、当事者本人以外に詮索したり、口外したりしないという守秘義務の徹底を求めます。
  • 管理職による橋渡し: 管理職が、他のメンバーに対し、「この配慮は〇〇さんの生産性を最大限に引き出すための戦略であり、チーム全体でサポートすることで、業務効率が向上する」と、配慮の合理的理由を明確に説明し、理解を促す役割を担います。

3.職場定着を確実にする「継続的なヒアリングと連携」の仕組み

合理的配慮は、入社時に一度決めれば終わりではありません。社員の体調や業務内容、チームの状況に応じて柔軟に変化・調整されるべきものです。障害を持つ社員の職場定着を確実にするには、「継続的な対話」を支える仕組みを組織的に構築することが不可欠です。


コミュニケーションの定型化:定着を支える定期面談(1on1)の設計

障害者雇用における定着支援の成功は、多くの場合、定期的かつ構造化された面談(1on1)の質に依存します。これにより、体調や業務上の課題を早期に察知し、解決に繋げることができます。

成功事例:面談の頻度や内容を工夫し定着率を向上させた企業のノウハウ

単に面談を実施するだけでなく、その頻度と内容を特性に合わせて調整することが重要です。

  • 初期集中型の頻度設定: 入社直後や部署異動直後の環境変化が大きい時期は、週に1回(15分~30分)の短期集中型面談を実施します。これは主に「生活リズム」「体調のチェック」「業務指示の理解度確認」に特化します。
  • 安定期以降の頻度: 業務に慣れて安定期に入った後は、月に1回の頻度に移行し、テーマを「キャリアプラン」「スキルアップ」「配慮事項の最適化」など、より前向きな内容に移行させます。
  • 面談内容の構造化: 面談時には、特に体調の波がある社員に対し、「体調は10点満点で何点か」「先週の業務でストレスを最も感じた点は何か」「現在の配慮事項で不便に感じている点はないか」といった、定量的かつ具体的な質問を投げかけることで、社員が課題を言語化しやすくします。

情報共有のルール:「守秘義務」と「業務上の透明性」を両立させる仕組み

配慮事項を継続的に実行するためには、チーム内での情報共有が必須ですが、社員のプライバシー保護とのバランスが極めて重要です。

  • 守秘義務の徹底: 産業保健スタッフや人事部門に共有された障がいの診断名や詳細な病状は、本人の同意なく直属の上司やチームメンバーに開示されないルールを明確化します。
  • 業務上の透明性: チーム内で共有するのは、「業務遂行に必要な情報のみ」に限定します。具体的には、「〇〇さんは、集中力を維持するため、午前中はヘッドフォン着用を許可されています」「〇〇さんへの連絡は、口頭ではなく必ずチャットで依頼してください」といった、「行動レベルでのルール」のみを共有します。
  • 理由の共有: 管理職がチームに対し、「このルールは、〇〇さんの生産性を最大化し、チーム全体のミスを減らすための合理的措置である」と、配慮の理由を明確に説明し、相互理解を促します。

文化的配慮:社員が不安なく相談できる「心理的安全性」の構築

制度やルールが整っていても、「相談したら評価が下がるのではないか」という不安(心理的障壁)があれば、社員は本当に困っていても声を上げられません。この心理的障壁を取り除くための「文化的配慮」が必要です。

相談窓口の多様化:直属の上司以外(産業医、人事)へのアクセスを保障する重要性

直属の上司には言いづらい、人間関係や評価に関する懸念を抱えている場合でも、社員が安心してSOSを出せる体制を整えます。

  • 複数の相談ルートの用意: 配慮事項や体調に関する相談窓口を、直属の上司だけでなく、人事部門、産業医(産業カウンセラー)、外部のハラスメント窓口など、複数のルートで設けます。
  • 専門家ルートの活用: 特に、精神的な課題や複雑な配慮調整が必要な場合は、守秘義務が保障された産業医やカウンセラーを最初の相談窓口として積極的に案内します。これにより、医学的・専門的な見地から適切な助言を得た上で、その情報を必要最低限に絞って企業側にフィードバックすることが可能になります。
  • 「相談≠評価」の明言: 管理職や人事が、「配慮の相談や体調不良による欠勤が、昇進・昇給の評価に一切影響しない」というメッセージを明確に、かつ定期的に発信し続けることが、心理的安全性を維持する上で最も重要な文化的配慮となります。

4.専門家コメント:合理的配慮は「相互調整のプロセス」である

合理的配慮が現場で機能するためには、企業単独の善意や、マニュアルへの依存だけでは限界があります。このプロセスを成功に導くのは、外部の専門家の知見を取り入れ、配慮を「固定された措置」ではなく「生きた調整」として捉え続けることです。ここでは、ジョブコーチや産業カウンセラーといった専門家の視点から、合理的配慮の本質を解説します。


配慮の性質:「固定された措置」ではなく、業務や社員の状態に応じて変化するもの

専門家は、合理的配慮を静的な「ルール」ではなく、常に進化し続ける動的な「プロセス」として定義します。

  • 配慮の多面性: 障がい者の状態は、季節、生活環境、業務の繁忙度、人間関係の変化など、多様な要因によって日々変化します。特に精神障害を持つ社員の場合、体調の波が業務パフォーマンスに直接影響を及ぼします。
  • 相互調整の必要性: したがって、入社時に決定した配慮(例:週3日在宅勤務)が、半年後も最適であるとは限りません。業務負荷が軽減されたら出社日数を増やしたり、体調が悪化したら業務量を一時的に減らしたりと、社員の自己申告上司の客観的な観察に基づき、企業と当事者が常に調整し合う関係性が不可欠です。

ニーズの言語化支援:「言葉にできないニーズ」や潜在的な課題を拾い上げる方法

当事者が「困っている」と感じていても、それが何に起因し、具体的にどのような配慮で解決できるのかを言語化できないケースは非常に多いです。専門家は、この潜在的なニーズを掘り起こす役割を担います。

  • 第三者による客観視: ジョブコーチや産業カウンセラーは、企業にも当事者にも属さない第三者として、社員の「言葉の裏に隠された真のニーズ」を客観的に分析します。例えば、「なんとなく集中できない」という訴えに対し、「それは照明の明るさか、周囲の音か、あるいは業務指示の曖昧さか」というように、原因を具体的に特定し、社員が言語化できるようにサポートします。
  • 「環境との相互作用」に注目する: 専門家は、障害特性そのものだけでなく、「障害特性と職場の環境がどのように相互作用して困難を生み出しているか」に注目します。例えば、「報連相が苦手」という特性に対し、訓練だけでなく、企業側に「報連相のフォーマットを統一する」という環境側の変化を促すことで、問題解決を図ります。

外部支援の活用:ハローワーク、地域障害者職業センターとの連携が持つ戦略的価値

企業の内部努力だけで合理的配慮の全てを賄おうとするのは非効率的であり、限界があります。外部の専門機関との連携は、配慮を継続し、職場定着を確実にするための重要な戦略です。

ハローワーク、地域障害者職業センターとの連携が持つ戦略的価値

これらの公的機関は、知識とネットワーク、そして金銭的な支援も提供する、企業の強力なパートナーです。

  • 事例と知識の共有: 地域障害者職業センターは、地域内での多様な障害者雇用の成功事例や、最新の合理的配慮の具体的な手法に関する豊富な情報を持っています。企業が抱える課題に対し、最適なソリューションを提供できます。
  • 雇用給付金の活用: ハローワークと連携することで、特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)など、障害者雇用に関する助成金を活用できる可能性があります。これにより、初期の設備投資や教育コストの負担を軽減できます。
  • トライアル雇用・ジョブコーチ支援: トライアル雇用制度を利用すれば、企業は障がい者を一定期間試行雇用し、適性や必要な配慮を把握した上で、正式採用に移行できます。この期間中や定着支援において、前述のジョブコーチによる支援を無料で受けることができ、これが企業と当事者の双方にとって大きな安心材料となります。

専門家や外部機関と連携することで、企業は法的なリスクを回避しつつ、コスト効率よく、社員のニーズに合った質の高い合理的配慮を提供し続けることが可能となります。これは、社員の定着率を最大化するための最も確かな道筋です。

5.事例紹介:“続く配慮”を実現した職場のリアルケーススタディ

合理的配慮の真価は、制度の導入ではなく、それが現場で「活きるかどうか」にかかっています。ここでは、企業が社員と対話を通じて個別調整を行い、結果として定着率や生産性の向上に繋がった具体的な成功事例を紹介します。


ケース1:朝の定例ミーティング免除で、精神障害社員の生産性が向上した例

精神障害を持つAさんは、就職後、午前中のパフォーマンスが低く、特に朝の定例ミーティング(8:30開始)への参加に大きなストレスを感じていました。

効果測定:免除措置が体調安定と業務貢献に与えた具体的な影響

Aさんの配慮は、「朝の定例ミーティングへの参加免除」「9:30出社」というシンプルなものでした。

  • 課題の特定と調整: Aさんは、朝の満員電車と、開始直後の情報過多な会議によって、午前中に脳が疲弊し、本来の業務への集中力を失っていることが分かりました。上司はAさんと話し合い、ミーティングを免除し、「ミーティング内容は必ずチャットで要約し、Aさんに共有する」というルールを導入しました。
  • 結果と効果測定: この措置により、Aさんの体調は安定し、遅刻や早退が激減しました。
    • 欠勤率: 措置導入前と比較して欠勤率が約30%減少
    • 生産性: Aさんの担当するデータ入力・チェック業務の午後の処理スピードが20%向上
  • 上司のコメント: 「ミーティングの議論に参加しない代わりに、Aさんは誰よりも正確な議事録のチェックを担当してくれるようになりました。朝のたった30分の負荷を取り除いただけで、残りの7時間半の生産性が大幅に向上したのです。」

ケース2:在宅+週1出社で、通勤困難を解消しチーム連携を維持した例

肢体不自由(下肢障害)を持つBさんは、通勤時の満員電車や、オフィスまでの長距離移動に強い負担を感じていましたが、チームのメンバーと直接会う機会も重要だと考えていました。

チームビルディング:ハイブリッドワーク下で円滑な連携を可能にしたルール

Bさんの配慮は、「在宅勤務を基本とし、週に一度だけ出社する(ハイブリッドワーク)」というものでしたが、同時に円滑な連携のためのルールが徹底されました。

  • コミュニケーションルールの統一: Bさんの出社日以外は、全ての報連相と質問をビジネスチャットに集約しました。「電話は緊急時以外禁止」とし、これにより、他の社員も曖昧な口頭指示を減らし、業務が構造化されました。
  • 出社日の活用: 週に一度の出社日は、会議や対面での雑談、チームランチに特化させ、Bさんだけでなく、チーム全体が人間関係を構築する機会として活用しました。これにより、Bさんがリモートワーク中に孤立することなく、チームの一員としての帰属意識を維持できました。
  • 上司のコメント: 「通勤のストレスがなくなったことで、Bさんのパフォーマンスは非常に安定しました。また、週に一度の対面で関係性が保たれているため、リモートでの業務指示もスムーズです。結果的に、全社員のハイブリッドワーク導入のモデルケースとなりました。」

ケース3:「声をかけるルール」を全社で実践し、離職率を半減させた例

発達障害を持つCさんの在籍するIT企業では、離職の主な原因が「人間関係での不安や孤立」にあると分析されました。そこで、全社員を対象に「声をかけるルール」を導入しました。

「声をかけるルール」を全社で実践し、離職率を半減させた例

この企業が導入したのは、「心理的安全性を高めるための文化的配慮」でした。

  • 質問ルールの明文化: 「質問をする際は、結論から話す(結論ファースト)」「〇〇さん(発達障害のある社員)への質問は、質問を一つに絞り、チャットで送る」というルールを全社で共有しました。
  • 雑談の構造化: 「雑談で困ったら、天候や週末の予定など、事前に用意された話題リストから話す」というルールを導入。これにより、Cさんが苦手とする突発的で曖昧な会話による不安を軽減しました。
  • メンター制度の活用: 障害特性に関する理解度が高い社員をメンター(相談役)に配置し、Cさんが業務以外の不安も気軽に相談できる窓口を確保しました。
  • 結果: これらの「声をかけるルール」は、Cさんだけでなく、内向的な健常者社員の働きやすさも向上させました。企業全体の離職率は2年間で半減し、特にメンタルヘルスを理由とする離職が大幅に減少しました。「合理的配慮」が「文化的配慮」に昇華し、企業文化そのものを変革させた事例です。

6.まとめ:「働き続けるための配慮」は、対話の積み重ねから

本コラムを通じて、私たちは障害者雇用における合理的配慮が、単なる法律の遵守や制度の適用にとどまらないことを確認しました。定着に成功している職場の共通点は、配慮を「企業と社員が共に働きやすさを創り上げる、継続的な対話と調整のプロセス」として捉えている点にあります。


記事の要約:合理的配慮は、個別の調整を通じて「働きやすさ」を共創するプロセスである

長きにわたり社員が安定して活躍できる職場を実現するためには、「配慮の質の向上」が不可欠です。

  • 「固定化された配慮」からの脱却: 配慮は、社員の体調や業務内容、チームの状況に応じて柔軟に変化・調整されるべきものです。入社時の初期設定だけで終わらせず、定期的な面談(1on1)を通じてニーズを再確認し、トライアル&エラーを繰り返す「相互調整」が欠かせません。
  • 特性を活かすジョブデザイン: 障害の「できないこと」に焦点を当てるのではなく、業務を細分化・切り出し、特性に応じた「強み」(例:集中力、正確性、論理的思考力)を最大限に発揮できる職務を設計することが、生産性向上に繋がります。
  • 対話と心理的安全性: 企業側がジョブコーチや産業医といった専門家の知見を取り入れ、「何を聞けばいいかわからない」という戸惑いを解消し、社員が「配慮を求めても評価が下がらない」という心理的安全性を提供することが、当事者の「伝える勇気」を支える土台となります。

読者へのメッセージ:企業には「聞く姿勢」を、当事者には「伝える勇気」を促す

障がい者雇用を成功させ、社員の能力を最大限に引き出すために、企業と当事者それぞれに求められる姿勢があります。

【企業・管理職の皆様へ:「聞く姿勢」と「柔軟性」を】

合理的配慮は、決して一方的な施しではありません。それは、社員が持っている能力と企業が持っている環境を最適に組み合わせ、共に成果を出すための「ビジネス戦略」です。戸惑いや不安を感じた時は、一人で抱え込まず、外部の専門機関に相談し、対話を通じて「なぜこの配慮が必要なのか」という本質を理解してください。あなたの柔軟な「聞く姿勢」が、社員の定着率を決定づけます。

【当事者の皆様へ:「伝える勇気」と「具体的な言語化」を】

長く安定して働くためには、自身のニーズを我慢してはいけません。配慮を求めることは、決して「迷惑」や「わがまま」ではありません。それは、「企業に貢献し続けるためのあなたの権利」です。不安かもしれませんが、「何が、いつ、どのように困るのか」を具体的かつ冷静に言語化し、信頼できる上司や人事、ジョブコーチに伝える勇気を持ってください。あなたの声が、職場を変え、後進の働きやすさを作る第一歩となります。

対話の積み重ねこそが、全ての働く人にとって「真に働きやすい職場」を創り上げる、最も確かな道筋です。

投稿者プロフィール

八木 洋美
自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。
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