2025/10/21
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障害受容のリアル:「できない自分」を許すまでの心理プロセスと希望

この記事の内容

はじめに:「語ること」で心の壁を壊す:美談ではないリアルな日常

障害受容(しょうがいじゅよう)という言葉は、しばしば「困難を乗り越え、前向きに生きる」という、どこか理想化されたイメージを伴って語られがちです。しかし、そのプロセスは、決して一本道ではなく、怒り、悲しみ、否認、絶望といった、深く激しい感情の波を伴います。

本コラムでは、当事者が「できない自分」を許し、障害とともに生きるという選択をするまでの、ありのままの心理的葛藤に光を当てます。これは、美談や成功譚として消費されることを目的としたものではなく、「人間のリアルな感情」として社会に共有されるべき物語です。


障害者の体験談が「美談」や「成功例」として扱われがちな現状への問題提起

現在、メディアなどで取り上げられる障害者の体験談は、多くの場合、苦難を乗り越えて成功を掴んだり、「障害を強みにして活躍している」といったポジティブな結論に集約されます。

確かに、そうした物語は人々に希望を与える力がありますが、その裏側で、多くの当事者が抱える「今、苦しい」「頑張れない」「許せない」といった生々しい感情は、社会の表舞台から排除されがちです。

  • 美談化の問題点: 「頑張れば乗り越えられるはず」という無言のプレッシャーを生み出し、現在進行形で苦しんでいる当事者が「自分はまだ努力が足りない」と自己否定に陥る原因となります。
  • 「ポジティブ強要」の弊害: ポジティブであることが「正しい」とされる風潮は、当事者に感情の偽装を強いることになり、真の心の回復を妨げてしまいます。

本記事の目的:怒り、葛藤、絶望、そして小さな希望をありのまま共有する意義

本記事の目的は、こうした「美談」の枠組みを外し、当事者が経験した感情の全てのフェーズを正直に共有することにあります。

私たちは、後天性の障害を負った当事者のリアルな「語り」を通じて、以下の意義を社会に届けます。

  1. 多様な受容のプロセス: 障害受容のプロセスが、「悲しみ→受容」といった単純なものではなく、否認、怒り、取引、抑うつなど、いくつもの感情を行き来する複雑なものであることを理解する(キューブラー・ロスモデルなどの要素)。
  2. 共感と安心感の提供: 今、同じ葛藤の中にいる当事者に対し、「苦しいと感じていい」「怒ってもいい」という精神的な安心感(ピアサポートの機能)を提供します。
  3. 社会の想像力の喚起: 当事者の感情のリアルを知ることは、支援者や企業、家族が抱く「理解しているつもり」という思い込みを打破し、真のサポートとは何かを問い直すきっかけとなります。

読者(支援者・企業)へのメッセージ:「理解の入り口は聞くこと」から始まる

障害受容のプロセスを理解することは、当事者本人だけでなく、彼らを支える支援者、企業の人事担当者、そして家族にとっても不可欠です。

「理解」とは、必ずしも当事者の感情に「共感」することではありません。なぜなら、同じ経験をしていなければ、その苦しみを完全に理解することは不可能だからです。

真の理解は、まず「耳を傾けること」から始まります。

当事者の怒りや絶望を「未熟さ」と判断するのではなく、「彼らが今、その段階にいる」という事実を受け止めること。そして、「あなたは今、どんな気持ちで、何を望んでいますか?」と、判断せずに問いかける姿勢こそが、彼らの心の壁を壊し、信頼関係を築く第一歩となるのです。

1.否認と怒りの時代:障害を「認めたくなかった」当事者の葛藤

障害の診断が下された直後、当事者の心は激しい嵐の中に置かれます。心理学者のキューブラー・ロスが提唱した「死にゆく人」の心理プロセスは、障害受容のプロセスにも当てはまるとされています。この最初の段階は、多くの場合、「否認」と「怒り」の感情に支配されます。

この時期、当事者にとって最も苦しいのは、物理的な不自由さではなく、心の奥底で沸き起こる制御不能な感情の揺らぎと、「障害を認めたくない」という強い抵抗です。


診断直後に襲いかかる「怒り」「否認」「孤独」という感情の揺らぎ

障害受容の初期段階では、感情は安定せず、激しく揺れ動きます。これは、人生の根幹が揺るがされるほどの、「喪失」に対する自然な反応です。

「なぜ自分だけが」という問いと、過去の健常であった自分との比較

多くの当事者が、診断直後に「なぜ私だけがこんな目に遭うのか」「神様はどこにいるのか」といった強い怒りを覚えます。この怒りは、理不尽な状況に対する自己防衛の手段であり、周囲や社会、時には自分自身に向けられます。

この怒りの根源にあるのは、過去の健常であった自分との比較です。

  • 「以前はこんなこと簡単にできたのに」
  • 「あの時、違う行動をしていれば」

といった思考が、自己否定と「否認」の感情を強化します。この否認は、現実を受け入れたくないという強い抵抗であり、リハビリや治療への意欲を失わせる原因にもなりかねません。

障害を受け入れるまでの時間は、人によって異なることを理解する

障害受容のプロセスは、誰もが同じスピードで、同じ道筋を辿るわけではありません。

  • 時期の個人差: 数週間で次のステップに進む人もいれば、数年、あるいは数十年かけても「怒り」の段階を抜け出せない人もいます。
  • 社会の誤解: 社会はしばしば「早く前を向いてほしい」と期待しますが、この期待こそが、当事者に「感情の強制」となり、孤立感(孤独)を深めます。

支援者や家族は、この受容のプロセスが「その人固有の時間」で進むことを深く理解し、焦らず、ただ傍にいるという姿勢が重要です。


インタビュー①:当事者が語る「見たくなかった自分」と周囲の反応

ここでは、後天的に障害を負った当事者のAさんが、診断直後の感情について語ります。

Aさんの声: 「診断が確定した瞬間、頭の中は真っ白でした。家に帰って鏡を見たとき、そこにいるのは紛れもなく自分なのに、『これは夢だ、明日には治っているはずだ』と本気で思いました。それが『否認』だったのだと思います。そして、治らないと分かったとき、次に湧いたのは、世界全体への『怒り』でした。リハビリの先生に八つ当たりしたこともあります。本当は、『こんな弱い自分を見たくない』という自己嫌悪が、怒りとなって外に出ていたんです。」

この「見たくなかった自分」を認めることが、受容の最も困難な壁となります。

家族や友人からの「善意の無理解」がもたらした孤立感のリアル

当事者の感情を複雑にするのは、周囲の「善意からの無理解」です。

  • 励ましがプレッシャーに: 家族や友人が「大丈夫、きっと治るよ」「あなたなら頑張れる」と励ますことは、当事者にとっては「否認」を強要されているように聞こえ、「今の苦しみを分かってもらえない」という孤独感につながります。
  • Aさんの経験: 「親友が泣きながら『私が代わってあげたい』と言ってくれたとき、私は逆に突き放してしまいました。『代われないくせに』と。後から猛省しましたが、あの時の私には、誰かの優しさを受け入れる心の余裕さえありませんでした。孤独感は、誰にも分かってもらえないという絶望感から生まれるのではなく、『理解してほしいけれど、理解されるわけがない』という諦めから生まれたのです。」

この段階の当事者には、励ましよりも、ただ黙ってそばにいて、彼らの怒りや悲しみを安全に受け止める場所が求められています。

2.社会の視線と無理解:「頑張ることが前提」のプレッシャー

障害受容のプロセスにおける苦痛は、当事者自身の内面的な葛藤だけでなく、社会からの無意識のプレッシャーによっても増幅されます。社会はしばしば、障害を持つ人に対し「頑張ること」や「健常者と同じであること」を前提とした視線を向け、これが「見えない偏見」として当事者を疲弊させていきます。


日常生活に潜む「見えない偏見」と、沈黙の中で生じる精神的疲弊

悪意ある差別や偏見は認識しやすいですが、日常の中に潜む「見えない偏見」は、気づかないうちに当事者の心を深く傷つけ、沈黙の中で精神的な疲弊を生じさせます。

「頑張ってるね」という言葉が、当事者に与える違和感と疲労の正体

街中で車椅子を押している、あるいは杖を使って歩いているだけで、見知らぬ人から「頑張ってるね」「偉いね」と声をかけられることがあります。善意からの言葉であることは理解しつつも、当事者はここに強い違和感と精神的な疲労を感じます。

  • 違和感の正体: 当事者にとって、車椅子で移動したり、日々のタスクをこなしたりすることは、「特別な努力」ではなく、「生きるための日常」そのものです。それに対し「頑張っている」と評価されることは、「あなたは普通ではない」というレッテルを貼られ、特別な存在として扱われているように感じさせます。
  • 疲労の蓄積: 常に「頑張っている状態」を期待されるプレッシャーは、当事者が「今日は体調が悪いから休もう」という自己調整の権利を放棄させてしまいます。

当事者が真に求める接し方:「適切なサポート」と「ありのままの尊重」

当事者が本当に求めているのは、過剰な称賛や励ましではなく、「障害特性に基づいた適切なサポート」「個人としての尊重」です。

  • サポートの原則: 必要なのは、「できることを増やす手伝い」ではなく、「できないこと」や「困難なこと」を明確に伝え、それに対し社会が**「環境整備」や「配慮」**を行うことです。
  • 尊重の原則: 障害を持つ前に持っていた個性やキャリア、趣味といった、「障害とは関係ない部分」を含めて一人の人間として対等に接されることです。

インタビュー②:当事者が語る、悪意ではない「想像力の欠如」から生まれる偏見

当事者Aさんは、社会で遭遇する偏見の多くは、悪意ではなく、単に「障害を持つ人の日常に対する想像力の欠如」から生まれていると感じています。

Aさんの声: 「以前、駅で車椅子を使っていたとき、エレベーターを待っていたら、知らない人に『リハビリなら階段を使いなよ』と言われたことがあります。その人は純粋に私のことを思って言ったのかもしれません。でも、私には『車椅子は単なる移動手段ではなく、私自身のエネルギーを温存するための装置だ』ということが、全く伝わっていないんだと痛感しました。」

これは、「障害=努力で克服すべきもの」という画一的なイメージが社会に根強く存在している証拠です。

必要なのは共感ではなく、まず耳を傾けるという「聞く姿勢」

支援者や企業が当事者と接する際に最も重要となるのは、「共感しようとしすぎること」を一度手放すことです。

  • 共感の限界: 障害の苦しみを完全に共感することは不可能です。安易な共感は、「わかったつもり」という独りよがりの行動になりかねません。
  • 「聞く姿勢」の重要性: 代わりに必要なのは、「教えてください」という謙虚な姿勢で、当事者自身の言葉に耳を傾けることです。
避けるべき接し方実践すべき「聞く姿勢」
「大変さがよく分かります」 (共感)「具体的に何が一番負担ですか?」 (質問)
「頑張って乗り越えてね」 (励まし)「今日はどんな状態ですか?」 (確認)
「〇〇してあげましょうか?」 (先回り)「お手伝いが必要な場合、どのように声をかければ良いですか?」 (委ねる)

当事者の「語り」を遮らず、そのリアルな感情や要求を、そのまま受け止める姿勢こそが、彼らが心の壁を崩し、次のステップに進むための安全な足場となります。

3.受容への転機:「できない」を認めた瞬間に得られた心の解放

否認と怒りの時期を乗り越え、当事者の心が安定に向かう転機は、しばしば「諦め」と見なされがちな行動から生まれます。しかし、この「諦め」は、ネガティブな終焉ではありません。それは、「自分にはできないことがある」という事実を受け入れ、「新しい自分を大切にする」という積極的な選択なのです。


障害受容とは「諦め」ではなく、「自分を大切にする選択」である

障害を受容する最終段階は、もはや過去の自分と比較することにエネルギーを費やすのをやめ、「今の自分」を基準に生き始めることを意味します。

転機になった支援者や家族との出会い、環境調整による変化

「受け入れ」へと向かう大きなきっかけとなるのは、当事者の内面的な変化だけでなく、外部からの具体的なサポートと、それによる環境の変化です。

  1. 支援者の関わり: 当事者の感情を否定せず、ただ耳を傾けてくれた支援者やカウンセラーとの出会いが、心の安全基地を提供します。彼らは、当事者に「苦しんでいるのはあなただけではない」という感覚を与え、孤独感を和らげます。
  2. 環境調整の効果: 昇降デスクの導入、通勤時間の短縮、あるいは静かな休憩室の確保といった合理的配慮(環境調整)が実現した瞬間、「自分はまだ社会で必要とされている」という存在意義と、「できないことを無理にする必要はない」という安心感が生まれます。

「できないこと」を拒否する代わりに、新しい能力開発に目を向け始めた瞬間

障害受容は、「できること」と「できないこと」の線を明確に引く作業でもあります。この線引きができたとき、当事者は初めて、「できないこと」への執着から解放されます。

  • エネルギーの再配分: 過去の機能を取り戻すための、非効率的な努力に費やしていたエネルギーが、「今の自分でもできる新しいこと」、つまり、知識、スキル、経験の開発に注がれるようになります。
  • 新しい価値の発見: 身体的な制約から、集中力や計画性が求められる仕事へキャリアチェンジするなど、「障害によって失ったもの」ではなく、「障害を持つことで得られた新しい視点」に価値を見出す瞬間が訪れます。

インタビュー③:当事者が語る、心の壁が少しずつ崩れた具体的な出来事

当事者Aさんは、「受け入れ」への転機について、劇的な出来事ではなく、日常の些細な積み重ねから始まったと語ります。

Aさんの声: 「怒りと否認の時期、私はリハビリの停滞期に絶望していました。ある日、支援者の方に言われたんです。『Aさん、あなたは毎日100%の力で頑張りすぎています。今日は70%でいい。残りの30%は、明日以降のために取っておきましょう』と。その言葉を聞いた瞬間、涙が止まりませんでした。誰かに『手を抜いていい』、つまり**『完璧でなくてもいい』と許された**のは初めてでした。」

「自分を許す」ことが、次の希望を見つけるための第一歩となる示唆

Aさんの転機は、「誰かに許されたこと」を通じて、「自分を許す」ことを学んだ瞬間でした。

  • 許すことの意義: 「できないこと」を「自分の怠慢」ではなく「障害の特性」として客観的に捉え直すことで、自責の念から解放されます。
  • 希望の発見: 自分を許したことで、Aさんは初めて、「できないこと」のリストではなく、「今日はこれができた」「明日はこれをやってみよう」という「小さなできること」に焦点を当てられるようになりました。

支援者や企業への示唆として、障害受容のプロセスでは、「頑張りすぎている当事者に、安心感をもって休むことを許可し、完璧を求めない姿勢」を示すことが、彼らの心を解放し、持続可能なキャリアを歩むための希望となるのです。

4.「強み」の強要と「ありのまま」の尊重

障害受容のプロセスを経た後、当事者を待ち受けるのは、社会からの「ポジティブ強要」という新たなプレッシャーです。最近のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の文脈で、「障害を強みに変える」という言説が広がる一方で、その言葉が当事者の心に新たな負担をかけているという現実があります。


「障害を強みに変える」というポジティブ強要への抵抗と違和感

「困難を乗り越えた経験は強みになる」「人にはない視点を持っている」といった、一見前向きなメッセージは、時に当事者の「ありのままの苦悩」を否定することに繋がりかねません。

障害を「克服すべき課題」ではなく、「自分の一部」として受け入れることの重要性

障害を「強み」に変えようとすることは、障害を「利用価値のあるもの」として捉え直すことであり、その根底には、障害を「克服すべき課題」として見ている価値観が残っています。

しかし、障害受容の真の到達点は、障害を「克服する」ことではなく、「自分の個性、体質、そして人生の一部」として、欠くことのできないものとして受け入れることです。

  • 強み強要の弊害: 「障害があるからこそ、人一倍頑張らなければならない」という無言のプレッシャーを生み出し、当事者に常にポジティブでいなければならないという緊張感を強います。
  • 受け入れることの意味: 障害を「自分の一部」として受け入れることは、「できないことはできない」と表明する権利を取り戻し、無理のないペースで自分らしく生きることを可能にします。

当事者が求める「強さ」よりも「ありのまま」を語る自由

社会が求める「強さ」とは、困難に打ち勝つ力、つまり「健常者の基準に近いパフォーマンス」を発揮することです。しかし、当事者が本当に必要とするのは、そのような強さではありません。

当事者が求めるのは、「弱さや苦悩も含めて、ありのままの感情を語り、それが社会に受け止められる自由」です。この自由こそが、彼らが心身ともに安定し、長期的に社会に貢献するための基盤となります。


インタビュー④:当事者が語る、社会に対して伝えたい「自分らしく生きる」本音

当事者Aさんは、社会で蔓延するポジティブ強要に対する抵抗を率直に語りながらも、最終的に見つけた「自分らしく生きる」ことへの本音を語ります。

Aさんの声: 「正直、『障害を強みに変えろ』という言葉は嫌いです。私は、障害を持つ前の体に戻りたいと今でも思っています。でも、そのネガティブな感情を隠して、『この経験のおかげで成長できました!』と笑顔で言うのは、自分への最大の裏切りだと気づきました。私が社会に伝えたいのは、『障害があるけど頑張っています』ではなく、『体調の波があって苦しい日もあるけど、その中で、できることをやっています』というありのままの姿です。」

「ありのままの感情」を語ることが、社会の多様性への理解を深める第一歩となる

当事者が「苦しい」「辛い」といったネガティブな感情をオープンに語ることは、社会の側にも大きな変革をもたらします。

  1. 想像力の拡大: 「障害=不幸」や「障害=克服」という単純な二元論から抜け出し、「苦悩と希望が混在する複雑な日常」に対する想像力を支援者や企業に与えます。
  2. 真のインクルージョン: 社会の構成員全員が、ネガティブな感情や弱さも共有できる空間—「弱さが許される場所」—を創り出すことが、真のインクルージョン(包摂)への第一歩となります。

「強さ」を装う必要はありません。当事者が「ありのままの自分」を語り、その声が社会に受け止められること。それこそが、障害を持つ人も持たない人も、お互いの「生きづらさ」を認め合い、より尊重し合える社会を創るための、最も力強い一歩となるのです。

5.支援者・企業・家族が実践すべき「対話」の重要性

障害受容は、当事者一人の努力で完結するものではありません。当事者が「ありのままの自分」を提示したとき、それを安全に受け止め、共に未来を築くための社会的な環境、すなわち「支援者・企業・家族」側の意識と行動が不可欠です。この土台を築く鍵が、対等な「対話」にあります。


第三者コメント1:ジョブコーチ・上司が語る「理解」のために意識していること

職場環境において当事者と最も密接に関わる上司やジョブコーチは、自身の役割を「管理・指導」から「対話・支援」へとシフトさせる必要があります。

「助ける」ではなく「共に考える」関係性を築くためのコミュニケーション姿勢

支援者の多くが陥りがちなのが、「助けてあげよう」という上下関係に基づく姿勢です。しかし、この姿勢は当事者の自立意欲を削ぎ、依存関係を生み出しかねません。

ジョブコーチ B氏のコメント: 「私は、自分が『専門家ではない』という姿勢を常に意識しています。当事者にとってのベストな働き方は、彼ら自身が一番よく知っているからです。私たちの仕事は、『問題の解決策を教える』のではなく、『選択肢を広げ、本人が解決策を見つけるのを一緒に考える』ことです。これにより、当事者は主体性を失わず、自立したプロの職業人として成長できます。」

支援者や上司は、当事者と同じ目線に立ち、対等な立場で「どうすれば解決できるか、一緒に考えてみましょう」という対話型の姿勢を貫くべきです。

障害特性を「把握」するだけでなく、日常の変化に「気づく」ことの重要性

障害特性や合理的配慮のリストを把握しているだけでは、真の支援はできません。障害特性は固定されたものではなく、体調や環境によって日々変化するからです。

上司 C氏のコメント: 「我々人事や上司は、マニュアル通りに『特性を理解しています』と言うだけでは不十分です。大切なのは、『今日の状態に気づくこと』。朝の挨拶の声のトーンが低い、休憩の回数が昨日より多い、といった日常の些細な変化に気づき、『何か今日は調子が違うようですが、業務量を調整しましょうか?』と声をかけることです。その『気づき』『対話』こそが、当事者にとって最も安心できる合理的配慮になります。」

この「気づき」は、日々の対話、特に雑談や非公式なコミュニケーションを大切にすることで養われます。


第三者コメント2:家族・支援者が語る「生きづらさ」への向き合い方

当事者の受容プロセスを支える家族や支援者自身も、「心の負担」「生きづらさ」を抱えています。彼らの声に耳を傾けることも、持続可能な支援体制を築く上で不可欠です。

当事者だけでなく、支援者側も抱える「心の負担」の共有と対処法

当事者の苦悩に寄り添い続ける家族や支援者には、共感疲労やバーンアウト(燃え尽き)のリスクが伴います。

家族代表 D氏のコメント: 「娘が『なんで私だけ』と泣き叫ぶのを見ているのは、親として本当に辛かったです。『支えなければ』と自分を追い込み、自分のキャリアや健康を犠牲にしていました。しかし、ある時、支援者の方から『まずご自身が休むこと、ご自身の感情を否定しないこと』が娘さんのためになると言われました。家族や支援者も、自分の『生きづらさ』や『助けたいのに助けられない無力感』を否定せず、第三者(カウンセラーやピアサポート)に共有する場を持つことが必要です。」

支援者や家族が自身の感情や負担をオープンに共有し、「弱さを見せ合える」ネットワークを持つことが、結果的に当事者への長期的な支援へと繋がります。

支援とは、一方的に力を与えることではなく、当事者、支援者、家族の三者が、お互いの「弱さ」と「希望」を認め合い、対話を通じて共に成長していくプロセスなのです。

6.まとめ:語り合うことが、次の誰かの希望となり社会を変える

本コラムは、障害受容のプロセスが、怒り、否認、悲しみ、そして自己受容という複雑な感情を行き来する、個人的かつリアルな旅であることを、当事者の生の声を通じて追求してきました。この旅の経験を「語ること」が、個人の心の解放に留まらず、社会全体に変化をもたらす強力な起点となるのです。


記事の要約:受容はプロセスであり、そのリアルな語りが社会変革の入り口となる

私たちは、障害受容のプロセスが「頑張って克服する」という美談ではなく、「できない自分を許し、ありのままの自分を大切にする選択」であることを強調しました。

  • 受容のリアル: 障害を負った当事者は、過去の自分との比較や、社会からの「頑張れ」という無言のプレッシャーに苦しみます。この苦悩は、悪意のない「想像力の欠如」から生まれる偏見によって増幅されます。
  • 転機: 「できないこと」を認めた瞬間、当事者は自責の念から解放され、そのエネルギーを「今の自分にできること」に注ぎ込むことで、希望を見出します。
  • 社会の役割: 企業や支援者は、当事者の「弱さ」や「ネガティブな感情」も含めて「ありのまま」を受け止める姿勢を持ち、対等な立場で「共に考える」対話を実践することで、当事者の心の壁を壊し、長期的な安定をサポートできます。

障害受容は、ある日突然完了するものではなく、生涯続く流動的なプロセスです。そのプロセスを隠さずに語り続けることが、社会変革の最も重要な入り口となります。

読者へのメッセージ:理解とは、共感ではなく、耳を傾けることから始まる

本記事を読まれた当事者、支援者、企業、そしてご家族の皆様へ。

【当事者の皆様へ】 あなたの感情は、すべて正直で、すべて正しいものです。怒りも、絶望も、否定する必要はありません。その感情を偽らず、安全な場所で「語って」ください。あなたのリアルな「語り」こそが、今、同じ状況で苦しんでいる次の誰かに「一人ではない」という希望を与える、最も尊い支援となります。あなたの経験は、すでに誰かを救っています。

【支援者・企業・ご家族の皆様へ】 私たちが目指すべき「理解」とは、安易な「共感(わかったつもりになること)」ではありません。

  • 共感ではなく、尊重を: 当事者の感情や要求を、判断せずに受け止め、耳を傾け続けてください。
  • 傾聴から始まる変革: 「どうすれば助けられるか」と焦る前に、「あなたの声を聞かせてほしい」という一歩を踏み出してください。

理解とは、共感ではなく、耳を傾けることから始まる。

この対話の積み重ねこそが、障害を持つ人も持たない人も、お互いの「生きづらさ」を認め合い、真にインクルーシブな社会を創るための、唯一の道筋となるでしょう。

投稿者プロフィール

八木 洋美
自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。
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