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障害者雇用のキャリアパス設計:一般社員への登用と昇給の評価基準をどう作るか?

この記事の内容
はじめに:「ずっと同じ仕事・同じ給与」がもたらす静かな離職

障害者雇用において、かつてのゴールは「定着(長く辞めずに働いてもらうこと)」でした。しかし、雇用率の引き上げや多様な働き方の浸透に伴い、現場では新たな課題が浮上しています。それは、「数年経っても、役割も給与も入社時のまま変わらない」という停滞感です。
真面目に働き、欠勤もなく、業務も完全にマスターしている。それなのに、キャリアの階段が用意されていないために、優秀な人材ほど「ここではこれ以上の成長は望めない」と判断し、静かに職場を去っていく。こうした事例が、今、多くの企業で相次いでいます。
定着の先にある課題:モチベーションを維持する「成長の物差し」はあるか?
「障害があるから、安定して働いてくれるだけで十分だ」 もし会社側がそう考えているとしたら、それは大きな見落としです。障害の有無にかかわらず、働く人には「昨日より成長したい」「新しいことに挑戦したい」「成果を正当に評価してほしい」という根源的な欲求があります。
評価の基準が曖昧で、昇給の条件も示されない環境では、社員は自分の立ち位置を見失います。特に、論理的な納得感を重視する傾向があるASD(自閉スペクトラム症)の方や、刺激と自己効力感を求めるADHD(注意欠如・多動症)の方にとって、「自分の成長を測る物差し(キャリアパス)」がないことは、働く意欲を削ぐ決定的な要因となり得ます。
障害者枠=補助業務という固定観念が、企業の損失を生んでいる
多くの企業でキャリアパスが作られない背景には、「障害者枠の仕事はあくまで補助的なもの」という無意識の固定観念があります。しかし、この考え方は企業にとって2つの大きな損失を生んでいます。
- スキルの埋没: 適切な教育とステップアップの機会があれば、リーダー職や専門職として活躍できるポテンシャルを持った人材を、単純作業に縛り付けてしまう。
- 不公平感の醸成: 成果を出している障害のある社員と、そうでない社員が同じ待遇である場合、周囲の社員(健常者)からも「何をもって評価されているのか不透明だ」という不満が出やすくなります。
本記事の結論:透明性の高い「評価基準」と「登用制度」が、戦力化の最終ピースである
障害者雇用を「福祉」から「人事戦略」へと昇華させるためには、透明性の高い評価基準の策定が不可欠です。
何ができれば昇給するのか、どのような条件を満たせば一般社員(正社員)への登用が検討されるのか。この「キャリアの地図」を提示することで、本人は目標を持って自律的に動くようになり、マネージャーは主観に頼らない公正な指導が可能になります。本記事では、不公平感をなくし、戦力を最大化するための具体的な評価基準の作り方を解説します。
1.なぜ障害者雇用に「キャリアパス」が必要なのか?
キャリアパスの構築は、単なる「優遇」ではありません。組織の生産性と健全性を保つための「仕組み」です。
承認欲求と自己効力感:人は「期待され、役割が変わる」ことで成長する
「給与が変わらなくても、仕事があるだけでありがたいはずだ」という考え方は、本人のプロフェッショナリズムを否定することになりかねません。自分の仕事がチームに貢献し、それが「昇格」や「昇給」という形で会社に認められることで、初めて強い自己効力感が生まれます。役割が変わる(責任の範囲が広がる)という期待こそが、最大の成長促進剤となります。
優秀な人材の流出リスク:他社が「ステップアップ」を提示し始めている現実
今、障害者採用市場では、ハイスキル層を中心に「キャリアアップができるかどうか」で会社を選ぶ動きが加速しています。他社が「3年後の正社員登用あり」「スペシャリスト職への道あり」と明示している中で、現状維持しか提示できない企業は、優秀な人材から選ばれなくなっています。
2.【実践】不公平感のない「評価基準」4つの柱

障害のある社員を適正に評価するためには、一般社員向けの評価シートをそのまま流用するのではなく、特性に配慮しつつも「成果」を逃さない独自の評価軸が必要です。
①成果指標(KPI):数値化できるアウトプットの量と質
最も客観的な指標です。「頑張っている」という主観を排除し、事実ベースで評価します。
- 処理件数: 1日あたりのデータ入力数、伝票処理数、清掃完了数など。
- 正確性: エラー率、修正指示の回数、検品での見落としゼロの継続期間。
- 納期遵守: 期限内にタスクを完遂できた割合。
②行動指標(コンピテンシー):主体性とチームへの貢献
周囲との連携や仕事に向き合う姿勢を評価します。
- 報告・連絡・相談(ホウレンソウ): 困ったときに適切なタイミングで援助を求められたか。
- マニュアルの遵守: 決められた手順を正確に守り、自分勝手な判断をしていないか。
- 改善提案: 作業を効率化するための小さな工夫を提案できたか。
③セルフケア指標:安定した勤怠と配慮依頼の自律性
障害者雇用特有の重要な評価軸です。無理をして働いてパンクするのではなく、「長く安定して働くためのスキル」を評価します。
- 勤怠の安定性: 体調を管理し、安定して出社できているか。
- 自己理解と発信: 自分の不調に早く気づき、早めに上司へ相談(または休暇申請)ができているか。
- 環境調整: 集中するためにイヤーマフを使用するなど、自ら工夫してパフォーマンスを維持しているか。
④スキル習得指標:使用ツールの習熟度と専門性
能力の広がりを評価します。
- ツールの習熟: Excelの高度な関数の習得、新しい業務ソフトの操作マスター。
- 資格取得: 業務に関連する資格の取得(MOS、簿記、CADなど)。
- 後輩指導: 新しく入った障害のある社員に対し、自分の業務を教えられるようになったか。
3.【公開】そのまま使える「障害者雇用・評価シート」サンプル
評価を形骸化させないためには、本人が「何を目指せばいいのか」を一目で理解できる具体的な物差しが必要です。ここでは、多くの成功企業が取り入れている「グレード制」に基づいた評価の枠組みを紹介します。
グレード制の導入:ジュニア/ミドル/シニア/スペシャリストの階層分け
障害者雇用においても、一般社員と同様に「習熟度」に応じた階層(グレード)を設けることで、中長期的なキャリアの見通しが立ちやすくなります。
- グレード1:ジュニア(習得期)
- 目的:指示通りに正確に作業ができる。
- 状態:マニュアルを見ながら、あるいは上司の確認を受けながら業務を完遂する。
- グレード2:ミドル(自立期)
- 目的:一人で判断し、ルーチンワークを安定して回せる。
- 状態:例外事項以外は自己完結でき、セルフケア(体調管理)も安定している。
- グレード3:シニア(熟練・貢献期)
- 目的:品質の維持に加え、周囲への好影響を与える。
- 状態:マニュアルの不備を指摘・修正できる。後輩の作業チェックや初歩的な指導を担う。
- グレード4:スペシャリスト(専門・指導期)
- 目的:高度な専門性を発揮するか、チームリーダーとして機能する。
- 状態:特定業務(IT、翻訳、経理等)で一般社員と同等以上の成果を出す、または障害者チームのリーダーとして工程管理を行う。
評価項目の「言語化」:曖昧さを排除し、ASDの方でも納得できる具体性を持たせる
ASD(自閉スペクトラム症)の特性を持つ社員にとって、「意欲的に取り組んでいるか」「周囲と協力しているか」といった抽象的な評価は、納得感が低いだけでなく、何を改善すべきか分からない不安の種になります。
評価シートを作成する際は、「誰が見ても、できているかどうかが判定できる行動」に落とし込みます。
| 評価カテゴリー | 抽象的な項目(NG) | 具体的な行動(OK) |
| コミュニケーション | 積極的に報告すること | 業務終了の5分前に、その日の進捗をメールまたは口頭で報告している。 |
| 正確性 | ミスに気をつけること | 作業後のセルフチェックリストを全て埋め、提出物の誤字脱字が月3回以内である。 |
| 主体性 | やる気を見せること | 自分のタスクが予定より早く終わった際、「次は何をすればいいですか」と質問できる。 |
| 体調管理 | 無理をしないこと | 疲労を感じた際、適切なタイミングで「5分休憩をいただきます」と申告できる。 |
フィードバック面談のコツ:評価結果を「次の成長のための地図」に変える伝え方
評価シートの結果を伝える面談は、「採点結果の発表会」ではなく、「次のグレードに上がるための作戦会議」であるべきです。
- 事実から入る: 「今期は入力件数が目標を20%上回ったね」と、数字や事実をベースに肯定します。
- ギャップを明確にする: 「シニアに上がるためには、自分の作業だけでなく、隣の人のダブルチェックができるようになる必要がある。来期はそこを目標にしよう」と、次の階層への条件を提示します。
- 「配慮の更新」を行う: 「今の業務レベルで、何かやりにくさを感じていることはない?」と聞き、役割の変化に合わせて必要な配慮(ツールの導入や指示系統の変更)を再調整します。
4.「一般社員登用」へのハードルをどう設計するか?
「障害者枠」という限定的な雇用形態から、職種や役割の制限がない「一般社員(正社員)」への転換制度を設けることは、優秀な人材の離職を防ぐ最大の特効薬です。しかし、そのハードルが不明確だと、周囲の社員からの不公平感を生んだり、本人を無理な環境に追い込んだりするリスクがあります。
登用基準の明確化:週の勤務時間、業務の自律性、役割の広がり
一般社員への登用は「温情」ではなく、あくまで「役割の変化」に対する契約の変更です。そのため、以下の3つの基準を明確に定めておく必要があります。
- 週の勤務時間: 原則として週30時間以上、かつ1年以上の安定した勤務実績があること。
- 業務の自律性: マニュアルの範囲を超え、自ら優先順位を判断し、突発的なトラブルにも適切な報連相を伴って対応できること。
- 役割の広がり: 自分の業務完遂だけでなく、部署の目標達成に寄与する動き(他部署との調整や後輩の育成など)ができること。
これらを「登用試験の要件」として明文化し、社内公募や推薦の形をとることで、プロセスに透明性を持たせます。
「特例子会社」や「福祉的雇用」から「本社の一般部門」への橋渡し
特例子会社や障害者専門部署で経験を積んだ社員が、本社の営業部や管理部といった「一般の部署」へ異動・登用される流れを作ることも重要です。
- 社内留学(実習)制度: いきなり異動させるのではなく、1〜2ヶ月間の「社内実習」期間を設けます。受け入れ先の部署にとっても、ジョブコーチなどの支援を受けながら「どの程度の配慮が必要か」を確認する猶予となります。
- 「拠点」から「機能」へ: 障害のある人が集まって働くスタイルから、個々の強みに応じて各部署に散らばって働くスタイルへ。この「橋渡し」の仕組みが、組織のダイバーシティを本質的に進化させます。
給与体系の連続性:一般社員と障害者枠の「報酬の谷」をどう埋めるか
「障害者枠(時給制・契約社員)」と「一般社員(月給制・正社員)」の間にある給与の大きな溝は、本人の意欲を削ぐだけでなく、キャリアアップを「諦めさせる」原因になります。
- 中間の給与ランクを作る: 契約社員のままでも、一般正社員の初任給に並ぶような「ハイグレード(エキスパート)職」を設けます。
- 評価の連結: 障害者枠で受けた高い評価が、登用後の給与ランクに反映される仕組みにします。「登用されたら給与計算の方法が変わり、手取りが減った」といった事態を防ぐためのシミュレーションが不可欠です。
5.キャリアパス導入で直面する「3つの懸念」とその対策

キャリアパスや昇給制度を導入しようとすると、現場のマネージャーや人事担当者から「本当にうまくいくのか?」という不安の声が上がることがあります。しかし、これらの懸念の多くは、事前の「考え方の整理」で解決可能です。
懸念1:責任を増やすと体調を崩すのでは? → 「役割」と「配慮」を切り離す考え方
「昇進させて責任が重くなると、プレッシャーでメンタルを崩してしまうのではないか」という懸念はよく聞かれます。ここで重要なのは、「業務上の役割(期待値)」と「合理的配慮(サポート)」を混同しないことです。
- 役割は高く、配慮は手厚く: 責任ある仕事を任せることと、環境を調整することは両立します。例えば「リーダー職として判断業務を任せる」一方で、「指示は必ずテキストで送る」「週に1回は在宅勤務を認める」といった配慮は継続して良いのです。
- セルフケアの評価: 「体調が悪くなりそうな時に、早めに申告して調整できること」自体を高いグレードの要件に組み込みます。これにより、無理をしてパンクすることを防ぎ、安定した高いパフォーマンスを維持させることができます。
懸念2:他の社員から「甘い」と言われないか? → 基準の公開と公平性の担保
障害のある社員の評価を上げたり、登用したりすると、周囲の社員から「あの人はミスをしても配慮されているのに、なぜ自分より先に昇進するのか」といった不満が出るリスクがあります。
- 基準のオープン化: 「何ができればこのグレードか」という基準を、障害の有無にかかわらず社内に公開します。アウトプットの量や質、スキルの習熟度といった「客観的数値」に基づいた評価であれば、周囲も納得せざるを得ません。
- 「配慮」は「下駄」ではない: 合理的配慮は、スタートラインを揃えるための眼鏡のようなものであり、評価そのものを底上げする「下駄」ではないことを周知します。
懸念3:評価できる上司がいない → 支援機関を交えた「3者評価」の有効性
「現場の上司が障害特性に詳しくなく、正当な評価ができているか自信がない」という場合は、外部の専門家を評価プロセスに巻き込むのが効果的です。
- 3者評価(企業・本人・支援機関): 就労移行支援事業所やジョブコーチを交えて評価面談を行います。専門家の視点が入ることで、「この行動は特性によるものか、それとも努力で改善できるものか」といった切り分けが明確になります。
- 評価の客観性アップ: 外部の目が入ることで、上司の主観や感情による偏りを防ぎ、本人にとっても「専門的な知見に基づいた正当な評価」という安心感に繋がります。
6.【事例紹介】キャリアパス設計で戦力化に成功した企業の共通点
実際にキャリアの階段を作ることで、障害者雇用を成功させている企業の事例を見てみましょう。
A社:マニュアル作成のプロとして「スペシャリスト職」を新設し、昇給を実現
元々は事務補助だったASDの社員。彼の「手順の矛盾を許さない」「図解が非常に得意」という特性に着目し、社内のあらゆるマニュアルを整備する「ドキュメント・スペシャリスト」という職位を新設しました。一般社員にも感謝される役割となったことで、自信を深め、現在は後輩の指導にもあたっています。
B社:一般社員への転換試験を制度化し、3年で5名がリーダー職へ
「入社3年経過、週30時間勤務、上司推薦」を条件とした正社員転換制度を導入。単に雇用形態を変えるだけでなく、転換後は一般社員と同じ研修を受けさせました。その結果、現在では障害者チームのリーダーとして、一般部署との調整業務を完璧にこなす戦力が次々と育っています。
共通点:障害を「理由」にせず、アウトプットを「根拠」にしている
成功している企業に共通しているのは、「障害があるからできない」と決めつけず、「このアウトプットが出せるなら、この評価になる」というシンプルでロジカルなルールを徹底している点です。
7.まとめ|「キャリアの階段」が、本人と会社を強くする
障害者雇用におけるキャリアパス設計は、単なる「待遇改善」ではありません。それは、一人ひとりの可能性を信じ、プロフェッショナルとして期待をかけるという、企業の強いメッセージです。
総括:障害者雇用は「福祉」から「人事マネジメント」の領域へ
目標があるから、人は学びます。評価されるから、人は責任を持ちます。障害のある社員に「キャリアの階段」を用意することは、組織のマネジメント能力を磨き、多様な人材が真に活躍できる土壌を作ることに他なりません。
「定着」の先にある「活躍」へ。貴社の障害者雇用を次のステージへと進めるために、今こそ「評価」と「キャリア」のあり方を見直してみませんか。
最後に:現場に即した「評価とキャリア」を共に考える、お問い合わせ・事例紹介のご案内
「具体的な評価シートをどう作成すればいいのか分からない」「他社ではどのようなステップで登用を進めているのか知りたい」といったお悩みはありませんか?
制度を整えることは、本人のやる気を引き出すだけでなく、実は現場のマネージャーが「何を基準に指導・評価すればよいか」という迷いを払拭し、負担を軽減することにも繋がります。
私たちは、これまでの豊富な支援実績をベースに、貴社の組織文化や現在のフェーズに合わせたキャリアパスのあり方を共に考え、サポートしています。
- 「まずは他社の評価基準の事例を知りたい」という情報収集から
- 「自社の今の仕組みで、どこを改善すべきか」といった壁打ち
- 現場の混乱を防ぎながら、着実に戦力化を進めるためのプロセス紹介
「まだ具体的な計画はないけれど、将来のために話を聞いてみたい」という段階でも構いません。まずは貴社の「今の状況」を、お問い合わせフォームよりお聞かせください。プロの視点から、貴社に最適な次の一手をご提案させていただきます。
投稿者プロフィール
- 自身も障害を持ちながら働いてきた経験から、「もっと早く知っていればよかった」情報を多くの人に届けたいと考えています。制度や法律だけでなく、日々の仕事の工夫や心の持ち方など、リアルな視点で役立つ記事を執筆しています。







